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結局、それ以上時間を潰すことはできなかった。
ジャックのフラットの前についた時は、まだ十時半にもなっていなかった。
だが玄関ドアの前に立った時、もう俺には、何のためらいもなかった。
ベルを押すと、予想していたよりもずっとあっけなく、ジャックが扉を開ける。
「グットモーニング、サー」
ジャックは、丁寧に俺に挨拶をした。
全くもって『お早う』がふさわしい時間帯に違いなかった。
俺もジャックに挨拶を返してから左肩を軽くすくめ、「入っても?」と尋ねる。
ジャックは、大げさに両腕を広げて見せた。
「良いも悪いも。どっちにしたって、お入りになるつもりなのでしょう? サージェント・メイジャ」
随分と、皮肉めいた口のきき方だった。
俺は部屋の中へと進んでいく。
大した広さのフラットではなかった。
キッチンはダイニングルームと兼用で、簡単な朝食を並べたら一杯になってしまいそうな小さなテーブルと椅子が一脚。
リビングには、一人掛けのソファーとテレビなどが置いてある。
右奥に続くほんの短い廊下に、ドアが向い合わせに二つ並んでいて、それぞれベッドルームとバスルームになっているようだった。
ジャックはハイゲージの黒いタートルネックのプルオーバーに洗いざらしのジーンズといった格好をしていた。
そして、パニーノの包みを見ながら、不思議そうに尋ねる。
「何を抱えていらっしゃるんです?」
俺はまだ温かいその包みを、ジャックの腕に押し付けた。
「そこのデリで。美味そうだったからな」と付け足し、俺はコートのボタンを外す。
ジャックがすかさず背中にまわり、コートを受け取った。
壁のフックに一つだけかかっていたハンガーを取って、俺のコートを掛ける。
「手を洗いたい。洗面所を使わせてくれないか」
振り返って尋ねると、ジャックはハンガーを両手で持ったまま、固まったように立ちつくし、俺を眺めていた。
「どうした?」
俺の声に、ジャックは弾かれたように動き出し、持っていたハンガーをフックに吊るして戸惑いがちに言う。
「だって、制服……」
「制服がそんなにめずらしいか、自分だって毎日のように着ているだろう?」
俺はジャケットのボタンも上から順にはずしていく。
部屋は暖房が効き過ぎなくらいだった。
「今、オン・デューティーなんですか?」
「手を洗いたいのだが?」
俺は重ねて尋ねた。
すると、ジャックは、右奥にあるドアのうちの一つを開け「どうぞ」と指し示す。
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