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ブルーを基調とした小さなバスルームだった。 作りこそ新しくはなかったが、壁のペンキを塗り直したらしく、こざっぱりとしている。 カフを少したくし上げ、洗面台に置かれた石鹸を泡立てた。泡で両手をくるむように良く洗い、少し熱めにした湯で洗い流す。 ドアのところで、ジャックが恭しく俺にタオルを差し出していた。 俺は利き手でそれを取り、両手を包んで水気を吸い取らせると、礼を言いながらジャックの手の上に戻す。 タオルを受け取っても、依然としてバスルームのドアの脇につっ立ったままのジャックに「失礼」と声をかけ、ジャックとドアの隙間に自分の身体を割り込ませた。 ジャックの両肩を掴み、荷物でも動かすようにしてドアの方に押しのけると、俺はバスルームから出る。 部屋の中には、コーヒーの香りが漂っていた。 キッチンのコーヒーマシンに数杯分のコーヒーできあがっている。 マグカップが一つ、その横に置いてあった。 「コーヒーを貰っても?」 廊下のジャックに声をかけたが、返事は待たずカップにコーヒーを注ぐ。 ジャックは片手にタオルを持ち、もう片方の手で反対側の肩を掴みながら、こちらにやってきた。 俺はシンクに寄りかかり、立ったままマグカップを口に運ぶ。 「お座りになったらいかがです? サージェント・メイジャ」 ジャックはダイニングテーブルに一脚だけ置いてある椅子を引いた。 「一つしかないからな。お前が座れ」と答え、俺は再びコーヒーに口を付ける。 しかし、ジャックは両手で背の両端を持ち、椅子を引いたまま立ち尽くしていた。 片腕にタオルを掛けているので、まるでレストランの給仕の様だ。 口の端を少し歪めてみせてから、仕方なく、俺はその椅子に腰掛けた。 椅子も、その前にあるテーブルも、俺にはあまりにも小さく感じられた。 まるで、小学校の机と椅子に座らされている気分だ。 マグカップをテーブルに置いて、天板に膝がぶつからないよう足を投げ出し、片方の肘をダイニングテーブルに付いた。 ジャックはキッチンの壁に寄りかかりながら、俺の方に――正確には俺の靴のあたりに視線を落としている。 「朝飯は済んだのか?」 俺の問いかけに、ジャックは答えなかった。 両手を軽く打ち合わせから両側に開き、 「OK。最初の質問は。何だったか、そう。俺が勤務中かどうかという話だったな」と言い、俺は更にこう続ける。 「正確にいうと、出勤途中、トロント北局に向かう途中だ」 「今は、ロンドンの管区総本部(ヘッドクォーター)にいらっしゃるのでは?」 ジャックが、やっと口を開いた。 「良く知っているな、調べたのか?」 俺の顔は、おそらく「笑って」いたはずだ。 しかしジャックは、口をつぐんで、バツが悪そうに頷いただけだった。 「だが、あまりロンドンのオフィスに座っていられることはないな、妙ちくりんな任務を当てられていてね。この階級のせいで」 俺はジャケットの袖に付いている階級章をわざとらしく指し示してみせる。 「何の任務に当たってらっしゃるのですか?」 ジャックはこう尋ね、 「その……差し支えなければ」と付け足した。 「今日は午後から、北局でつまらん面談(インタビュー)をやる。明日は丸一日がかりだ」 「インタビュー?」 「だから、より正確に言うと、今はオフだ、今日の午前中はな。書類上もそうなっている」 俺は説明を終えた。 それから、ジャックがしていた「次の質問」を思い出し、続けて答える。
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