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9 ジャックの部屋を出て、トロント北局に到着した時には、午後一時を回っていた。  個室ではないものの、北局にも一応、俺のデスクが用意されている。物はほとんどなく、ノートパソコンとプリンターがデスクに載っているだけだ。 黒いシンクパットの上に、うっすらとホコリが積もっている。 クリネックスで軽く拭い、電源を入れた。 インタビュー対象者と指導担当の経歴に今一度目を通し、いくつかのデータベースにアクセスした。インタビュー前の最終チェックだ。 そうこうするうちに時間になった。面接用にブックしておいた小部屋へと向かう。 部屋に入ると 指導担当警官と巡査見習は、既に中で俺を待っていた。 テーブルを挟んで彼らの向かい側に回ると、書類をテーブルに置く。 両警官は、立ち上がって俺を迎えた。 両名とも女性だった。警官職の女性採用は急激に増加しているとは言え、指導担当も新人も女性という組み合わせは、まだ割とめずらしい。 指導担当教官は、ソニー・トンプソン巡査部長。巡査見習は、アナスタシア・コンスタンティン。 今回の面談を強く希望していたのはサージ・トンプソンの方だった。 指導担当教官であるトンプソン巡査部長は、コンスタンティン巡査見習の問題点として、協調性及び遵法精神の欠如並びに任務に対する不誠実な言動があること申し立てていた。 だが、俺が訓練結果の報告等を見る限りにおいて、コンスタンティン巡査見習には、特に目立った問題や失態はなかった。 強いて、特筆すべき点を探すとすれば、コンスタンティン巡査見習の軍歴であろうか。 しかし、これについても仮採用時に人事が調査した範囲では、名誉除隊であり、問題点はなんら認められなかった。 人事セクションはあまり公にはしたがらない。 だが、巡査仮採用時には、極端に偏向した政治活動に関わった経歴がないかどうか等のバックグラウンドチェックは、当然行われている。 これといったセオリーが定められている訳ではないが、俺はインタビューでは、把握しているデータとそれに関する「自身の見解」を「先」に提示することにしていた。 今にも口を開こうとするトンプソン巡査部長を押しとどめるようにして、俺は面談を開始する。 まず、研修時のコンスタンティン巡査見習の記録からは、何ら具体的な問題点を発見できなかったことを述べる。 そして、サージ・トンプソンに、巡査見習のどのような行動が協調性の欠如等の評価に結びついたのか、具体的に説明するように指示をした。 トンプソン巡査部長は、手元のメモに目を落とし、落ち着き払って聞こえるようにとの最大限の努力が認められる声で報告を始める。 コンスタンティン巡査見習は微動だにせず、俺の後ろの壁の一点を黙って見つめ続けていた。 トンプソン巡査部長が、書類を捲る音だけが室内にやけに響く。 「……特に、ここO管区内では、他の管区以上に、地元警察との協調が必要となるのは、言うまでもないことです。協調性の欠如に関しては、本来、市警と連携して遂行する共同パトロールの際に同巡査見習の単独行動があった点において問題視しています。二点目の遵法精神の欠如及び三点目、任務に対する不誠実な言動については、その単独行動の際にこれらを如実に示す言動がありました。詳細は、先に提出したレポートに記載してありますが、かいつまんでご説明させていただきます」 勿論「そのレポート」はとっくに読んでいた。 結局、トンプソン巡査部長による説明は、俺が事前に読んだレポートの印象と大して変わるところはない。 すなわち、「かいつまんで」言うと、単なる「言いがかり」だ。 トンプソンが問題としたコンスタンティン巡査見習の「単独行動」は、二週間前のことだ。 アナスタシア・コンスタンティン巡査見習は、連邦法にかかる案件について市警との共同パトロールに従事していた際、ドン川河岸で転落車両を発見。 しかし、発見時、コンスタンティン巡査見習はパートナーとして同行していた市警の警官と、わずかの間だが別行動を取っていた。 コンスタンティン巡査見習は無線で緊急事態を知らせ、入電を受けた所轄は、レスキューの出動を依頼した旨をコンスタンティンに告げ、パートナーとの合流まで待機との指示を出した。 しかし、パートナーが現場に到着する前に、アナスタシア・コンスタンティンは水路に飛び込み、転落者の救助にあたった。 その後、到着した市警のパートナーと指導担当警官であるトンプソン巡査部長との間で、巡査見習の取った行動について口論となった際、アナスタシア・コンスタンティン巡査見習が暴言を吐いた、というような顛末だった。 俺が報告書を読んで気になった点がひとつあるとするならば、コンスタンティンが救助した男性が、前科のない正規のカナダ市民であり、車両及びその搭載物にも特に問題点は見当たらなかったことについて、記載が付け加えられておくべきだということだ―― 「どうも。サージェント」 一通りの説明を終えたトンプソン巡査部長に、すかさず礼を言い、俺はコンスタンティン巡査見習に向き直る。 「コンスタブル=コンスタンティン。これらの点に関する君の意見を聞きたい。トンプソン巡査部長には、しばらく席を外してもらおう」 サージ・トンプソンは、「異議あり」といった様子で視線を寄こした。 けれども、俺は立ち上がってドアを開けると、トンプソン巡査部長を促す。 「向こうでコーヒーでも、サージェント」 不満げな物音で乱暴に荷物を纏めると、トンプソン巡査部長は席を立ち、靴音を響かせて部屋を出て行った。 俺はドアを閉め、再びコンスタンティン巡査見習の前の椅子に腰掛ける。
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