74人が本棚に入れています
本棚に追加
アナスタシア・コンスタンティンは、インタビューの開始後からずっと、背筋を伸ばして椅子に座ったまま、身じろぎもしなかった。
「元軍人」らしいとも言えるだろうが、それが「緊張のせい」であることも、すぐに見て取れた。
このままでは、そうやすやすと「本音」を口にしそうにはない。
「さて。前もって伝えておくが、わたしが、これから君が発言する事項に関し、上への報告は「任意」とできる『権限』を有している」
俺はテーブルに片肘をつき、手でペンをもて遊びながらコンスタンティン巡査見習に語りかけた。
これまでの間、一言も口を開かず、軍上がりの姿勢の良さと無表情を全く乱さなかったアナスタシア・コンスタンティン巡査見習は、ほんの一瞬、眉をわずかに動かす。
「つまり、これからの話は『オフレコ』にできるということだ」
そう念を押して、俺は両手を軽く横に開き、肩をすくめてみせた。
「先ほどのトンプソン巡査部長の報告に関して、反論または補足はあるか?」
コンスタンティン巡査見習は、再び視線を一点に定める。そして、微動だにせず沈黙した。
「重ねて言うが、君に関しては前歴を含め、何の問題点も見つける事は出来ない。軍の勤務態度も良好。除隊も円満だった。むしろ、随分慰留されたんだろう? アカデミーでの成績も優秀だ、遅刻、欠勤もなし。オーバータイムワークにも積極的」
「『慰留うんぬん』って……RCMPは、採用に当たりそんな事まで調査するのですか?」
まっすぐに一点を見据えたまま、コンスタンティン巡査見習が口を開いた。
「いや、人事ファイルに載っているのは、君が名誉除隊したってことだけで、後は単なる俺の『推測』だ」
俺はゆっくりとメモパッドを捲る。
「むしろ気になったのは、トンプソン巡査部長の方だ」
俺はペン先で軽くメモパッドを叩きながら話を続けた。
「彼女は大学時代、フェミニズム活動に熱心だったらしい。若干『エクストリーム』で『アナーキー』な類いの……」
そしてしばらく、口をつぐんでみせる。
コンスタンティン巡査見習は、気をつけの姿勢を全く崩すことなく座り続けていた。
俺はまた、話を続ける。
「とは言え、彼女には、活動に関連した逮捕歴も補導歴もない。在籍していた団体も、関与の是非が採用に直接影響するほどの物とは認められなかったようだ」
「個人の思想信条は、自由なのでは?」
コンスタンティン巡査見習は、やはり俺の真後ろの壁のどこか一点を見つめながら口にした。
「勿論、それによる不当な差別はあってはならない。ただ、今回のこの『もめごと』が、彼女の『性向』によるものなら、問題解決にあたっての権限は、わたしにはなく、最終的には法務と人事のハラスメントチームが引き取る事項だ」
「おっしゃる意味が分かりかねますが、サージェント・メイジャ」
「それならこう言い変えよう。俺は『トンプソン巡査部長が、君に個人的な感情を抱いている可能性』を指摘したいのだが? つまり、セクシャル・ハラスメントだ。誤解しないでもらいたいが、問題はトンプソン巡査部長に同性愛指向があることではなく、公務に私情を持ち込んだことだ」
アナスタシア・コンスタンティンの目線がわずかに動いたのを、俺は見逃さなかった。
「無論、君の性的指向がどうあれ、それも問題とはならない。研修結果の評価において、何らの意味もなさない……ただ。公になった時に、君にとって『全く無害だ』とは言い切れないが」
俺は続ける。
「君は優秀な警官だ、コンスタンティン巡査見習。個人的にはこの問題を穏当に解決して、君にキャリアを続けて行って欲しいと思っている」
アナスタシア・コンスタンティンが、わずかに唇を動かす。
だが、それは声にはならなかった。
「『溺れている人間を目の前にして、職務分掌規程を捲るくらいなら、パトロール警官辞めて、デポで馬の糞でもさらってろ』か。なかなか愉快な台詞だ」
俺は、トンプソン巡査部長が提出したレポートの「問題の部分」を読み上げる。
「自分が間違った行動または発言をしたとは思いません」
コンスタンティン巡査見習が、すかさず口を挟んだ。
「同感だ。ただ残念なことだが、RCMPにも色々な警官がいる。君のように優秀で職務に誠実な人間ばかりとは限らないわけだ。これは統合軍でも同じようなものだったろう?」
アナスタシア・コンスタンティンは、何も答えなかった。
「上司が必ずしもまともな人間だとは限らないと言うことだ。同僚とのいざこざにエネルギーを使うのはバカらしくはないか? 気に喰わないこともあるだろうが、適当に切り抜けておけ。実際の任務でパワーを発揮できるようにな」
「……それは教訓ですか、それとも経験談?」
言葉だけ聞くと皮肉にも取れる台詞を、コンスタンティン巡査見習は口にする。
「ああ、すまない。デポのアカデミーが長かったものだから、つい『教官ぶる』癖が抜けなくて。残念ながら、すれちがいで君を担当することは出来なかったが」
「トンプソン巡査部長とは?」
「彼女も教えていない。わたしの前任者の頃だろう」
「アカデミーでは、あなたのことを始終耳にしました、ハンセン準警部。わたしの担当教官は、あなたの教え子でしたから。『スタンレイ=ストーン・コールド=ハンセン教官のシゴキは、こんな手ぬるいもんじゃなかった』が口癖で」
俺は話を戻すことにする。
「統合軍の陸軍部隊でも同じようなことがあったのなら、ここでは、少し自分でも気を付けてみることだな、コンスタンティン巡査見習。無駄に他人の嫉妬や関心を買わないよう」
「相手が勝手にちょっかいを出してくるだけです、わたしは何も!」
コンスタンティンが、やっと俺の目を見た。
「万一、君が同性愛者だとしたら、同類は敏感に嗅ぎ取るだろう。だからと言って、拒絶する君に執拗に絡むのは、問題視されるべき事態だ。何度も言うがその場合、君の性的指向がどうであるかは『問われることなく』処理できる」
「わたしに『セクハラ』で訴え出ろと?!」
コンスタンティン巡査見習は言葉を荒げる。
俺は肩をすくめて微笑むと、声を抑えてこう応じた。
「では、他にどうやって処理する? こんな言いがかりのような報告を。それとも、君は『協調性が欠如していて、誠実な職務遂行のための遵法精神を欠いている』と言う評価を俺に下させ、警官としてのキャリアもここで終わりにしたいのか?」
アナスタシア・コンスタンティンが、また黙り込む。
「解決案を提示しよう。今回の報告書にトンプソン巡査部長の経歴も含め、問題点を記載しておく。人事と法務に供覧されるから、君へのヒアリングが『形だけ』設定されるだろう。その際、ことによるとトンプソン巡査部長の性的指向が問われかもしれない。十年前ならいざ知らず、今どき、『その手』のことで当局側は表立って騒ぎたてたりはしない。トンプソン巡査部長は異動して、君には新しい指導担当警官が付く。それで終わりだ、これでどうだ? こういったことはたまにあることだ、以上。質問は?」
「ノー、サー」
コンスタンティンが、短く即座に答えた。
「では、君へのインタビューは以上とする。だが、トンプソンン巡査部長の腹の虫は収まっていないだろうから、彼女にも単独で意見を聞かねばなるまい。彼女を呼び戻して来てくれ。君はコーヒーを飲んでくると良い」
そして俺は、書類に視線を落とす。
「イエッサー」
短く答えると、コンスタンティン巡査見習は席を立ち、ドアへと向かった。
出て行こうとするコンスタンティンに再び視線を向け、俺は、
「サージ・トンプソンに、戻る時には俺の分のコーヒーも持ってくるようにと伝えてくれ」
と、その背中に向かって付け足した。
*
最初のコメントを投稿しよう!