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ダーラム、マグビーの両名に面談の終了を告げると、俺は真っ先に部屋を出た。
室内では、ダーラム巡査部長がマグビーに向かって、グズグズと何かを不平不満を言っていたようだったが、鍵簿の記載を終えたがっている事務員に追い立てられ、やっと部屋をあとにした。
俺はその様子を自室から窺い、連中が去った頃合を見計らって、コーヒーを取りに廊下へ出た。
コーヒーを満たしたカップを手に部屋に戻ると、俺はデスクの受話器を取り、オタワの内務調査部に籍を置くマクロード警部補のオフィスにつながせる。
「よう! スタンレイ=ストーン・コールド。久しぶりだな」
レオン・マクロードのテナーが朗々と響き渡る。
いかにも「腹から出ている」といった声だ。
「元気そうだな、レオン」
俺は苦笑を噛み殺しながら応じた。
「そっちこそ、嫁さんは元気か?」
「ニーナはトロントに戻れてご機嫌だ」
「スタンレイ、こっちに来る用事はないのか? おいおい、この前、お前さんと飲んだのはいつになるかな」
マクロードはいつも「腹を割ったアカデミー同期同士の付き合い」を演出してみせるが、なかなかどうして、割った腹の中は「真っ赤」といった手合いだった。
「オタワへは、秋に警察大の講義に行く予定がある」と答えると、マクロードが「そんなもの、半年は先じゃないか」と、ぼやいて笑って見せた。
俺はマクロードの笑い声が収まるのを待って、
「今、話せるか?」と続ける。
「話の内容によるな」
そう言いながらもマクロードは、俺がビールの誘いではなく、美味しい情報をプレゼントするつもりで電話してきたことをすぐに理解したようだった。
「今、リージョン内で実務研修中の巡査見習のインタビューをやっている」
「ご苦労なこったな。特別職は」
「お前は真っ直ぐ、管理職に昇進するのだろうからな。こんな苦労はしなくて良いだろうさ」
俺はマクロードの厭味に厭味でやり返す。
「今日の新人は、厄介な感じだった」
「詳しく話せよ、スタンレイ」
「名前はミッシェル・マグビー。RCMPの前歴は、メトロ・トロントで警官を四年くらいやってる……」
受話器の向こうから、かすかにキーボードを打つ音が聞こえてきた。
「『超』が付くほどの優秀ぶりでね、まず、担当事件が新人巡査にしては多すぎる」
「慣れてるんじゃないか? 経験者だし」
マクロードは、相変わらず朗らかに応じているが、本心がそうでないのは明らかだった。
「メトロポリタン・トロントの三局の平均と比べても、常に三割方は多い。しかも、担当事件のひと月以内の処理率は九割近い」
「その『ミッキー』とやらは、どこに配属されてるって?」
「ハミルトン/ナイアガラだ」
「ハミルトン、ねえ……」
「心当たりでも? マクロード『警部』殿」
「……地元警察とのジョイント・タスクで動いてた大捕物が、いくつかポシゃってるな、ここのとこ」
レオンは、俺の口にした「厭味」には完全に気が付かない振りを決め込んでいる。
「ヤクがらみか?」
「まあな、組織的なトラフィッキングだ。ヤクに限らず……」
少し言い淀んだものの、マクロードは「ギヴ・アンド・テイク」のバランスを多少考慮すべきと思い至ったのか、話を続ける。
「なるほどな、スタンレイ。お前さんは、この『ミッキー』が、『組織』への情報漏洩の対価に『適当なヤマをパクらせてもらってる』と睨んでるってワケだ?」
「その辺りは『調査官』殿のご想像にお任せするが。潜入捜査官でも暗躍していると言うなら、話は別だろうが……」
「潜入捜査については、どうあがいたって俺たちは関知しようがないだろう? それにしても……『前職あり』とはいえ、たかが配属数ヶ月の巡査見習が、点数稼ぎにしたってそこまでやるか」
マクロードが急に声のトーンを落とした。
「意見を聞きたい」とでもいうところだろう。俺は当たり障りなく答えておくことにする。
「シンプルに『金がらみ』ってところだろうな。手っ取り早く元手を集めてドーナツ屋でも開きたいんじゃないのか? 『ミッキー』がトロント警察を辞めてきた事情も怪しいものだが。そこをさらうのは、内調の仕事だろう? 俺が言えるは、レオン。『ミッキー』・マクビー巡査見習の検挙率が、明らかに異常だってことと……」
「それと?」
「『うまくやり過ぎ』と言う印象が拭えない。本人を実際に見て」
「ほう? さすが『デポ』の鬼教官は人を見る目が違うね」
マクロードが、今になって厭味の仕返しをしてくる。
「ごく大人しそうにも見える人当たりの良さが、あまりにも『胡散臭い』。四年もローカルの警官やっていて、あんなに楚々とした態度もあるまいさ」
レオン・マクロードは黙りこんだまま、引き続き、かすかにキーボードの音を響かせている。
「俺の方からの報告は上げておく。レオン、やるならさっさと内調した方がいい。今日のインタビューで、随分と揺さぶっておいたからな。『ミッキー』の奴、焦って火消しに走るかもしれない」
「協力者がいると思うか? 『ミッキー』に……例えば、指導担当警官の様子は?」
マクロードが、矢継ぎ早に質問を始めた。
完全に内調の『モード』に入ったようだ。
「指導担当は、ステファニー・ダーラム巡査部長だ。彼女がどこまで絡んでいるかはハッキリしないな」
あの「ヒステリック」ともいえるダーラムの受け答えを思い返しながら、俺は言う。
「……女か」と。マクロードは独りごち、
「二人が『出来てる』とかって印象は?」と尋ねてきた。
「さあな、ダーラム巡査部長が一方的に『ミッキー』・マグビーに好意を抱いている可能性くらいはあるかもしらん。『ミッキー』のヤツは、なかなか色男だった。女受けは良いだろうよ」
「なるほど……。この度はどうも、ご協力感謝致しますよ。ハンセン準警部」
マクロードが、再び朗らかなテナーに戻る。
「どういたしまして、マクロード警部補。ああそうだ、レオン。秋にビールの一、二杯を奢るくらいで釣り合う『貸し』だと思うなよ」
「おっと、そんなに内調に貸しをつくって、一体どうするつもりだ、スタンレイ・ハンセン」
レオン・マクロードのテナーの声から、ほんの僅かだが明るさが減った。
「別に。他意はない」
アカデミー同期との気の置けない会話を締めくくるのにふさわしく、俺も負けじと朗らかに言い返す。
そして電話を切った。
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