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ピアソン空港までは、家から一時間弱で付く。
サンダーベイでのインタビューは、午後一時からにしてあったので、俺はいつもより少し遅めに起き、ニーナの用意したポーチドエッグやグリルしたカリフラワーを食べた。
彼女との数年間の夫婦生活において、当初の予想どおりにウンザリした点や、予想以上にウンザリさせられた点など、数え上げればキリがない。
例えばセックスの後のシガーに文句を付けられるのは、最もやりきれない事のひとつだ。
だが、ニーナの良い点を探そうと試みてみれば、まず思いつくのが料理の腕前だった。
ただ、トロントに来てからと言うもの、それもめっきり減ってはいたが。
ニーナに、明日の朝の便でトロントに戻ると伝え、俺は制服と少しの着替えだけを詰めたガーメントバックを、車の後部座席に投げ込んだ。
制服でないからだろうか、ニーナの見送りのキスは少々おざなりだった。
結論から言うと、サンダ―ベイ支部でのインタビューは、この一週間に溜まった疲れを倍増させるようなものだった。
指導担当警官は顔を合わせるなり、面談ごときにヘッドクォーターの準警部を、サンダーベイくだりに呼びつけたことをしきりに恐縮していたというのに、前日非番だったという問題の新人の方はといえば、インタビュー開始時刻より二十分も「遅れて」入室してきた。
新人が到着するまでの二十分間に聞かされた指導担当警官の泣き言で、問題の全容は明らかになったようなものだった。
まず、問題の巡査見習は、配属第一日目以外、ロクに登庁時刻を守れたためしがないという。
無断欠勤こそないが、遅刻は常態化しているらしい。
遅刻時間は十五分から二十五分と程度のかなり微妙なもののようだ。アカデミー時代の記録を見ても、特にそのような問題行動はない。
配属をきっかけに起きている問題のようである。
そもそも、たかが「遅刻ごとき」で、わざわざ俺にインタビューを申し入れるということが、まったく持って苛立たしかった。
とはいえ、わざわざ税金を使ってアカデミーで仕込んだ巡査見習だ。
「解雇」を本部に申し入れるには、遅刻だけでは、あまりにも理由が弱い。
俺の報告書が欲しいということだろう。
「それで、本人はこの件に関して、どう事情を説明している?」
指導警官であるサルバト―レ・モレリ巡査部長の愚痴の合間に、俺は何とか質問を割り込ませた。
「それが……特に何も。その都度、場当たり的なことを言い訳にしていて。やれ、道路が混んでいたとか、急な腹痛だとか、なんというか。自分がマズいことをしていると言う感じが全くないんですな、これが」
サージェント・モレリは、ポケットから皺の寄ったハンカチ―フを取り出して、首筋の汗を拭いながら答えた。
その名前と、頭頂部近くまで後退した黒っぽいきつく縮れた頭髪、それに濃い眉が、南イタリアの血筋を感じさせているにもかかわらず、これまでの彼の様子は、そのイメージとはおよそかけ離れた神経質な中年男性そのものだった。
「ヨアキム・バーグ巡査見習には、反省の色はなしと」
呟きながら俺は、モレリ巡査部長が提出したバーグ巡査見習の勤務記録の書類を捲った。
「遅刻以外の問題行動、その他、気が付く点は?」
書類から視線を上げて、俺は質問を続けた。
サージ・モレリは、ひとしきりハンカチーフで汗を拭うと、口元に手をやり、しばしの間沈黙した。
「……事務処理は? 勤務報告書や調書は、型どおりにこなしているのか?」
俺は促すように、モレリ巡査部長に尋ねた。
「そのあたりは……大丈夫ですね。まあ、細かいところまで問題がないとは言いませんが、見習ならあんなものでしょう」
モレリ巡査部長は、ハンカチーフをポケットにしまうと、俺の方に向き直った。
俺は持参したバーグ巡査見習のデータを見直す。
「ヘルスチェックは? 規定どおり受けているのか? ああ、特に問題はなしか。メンタル・ヘルスのチェックシートは?」
俺がそう呟くやいなや、モレリ巡査部長は、すぐさま手元の書類とじに挟んだ大量の紙束の中を探し始めた。
派手に音をたてながらあちこちの書類をまさぐっていたが、モレリはやっと目当てのものを発見すると、俺に差し出し、再びハンカチーフを取り出し、丹念に顔の汗を拭い始めた。
メンタル・ヘルスチェックは、かろうじて標準の範囲に留まってはいたが、点数的にはボーダーに近かった。
このような結果が出た理由は、どうやら「遅刻が多いか否か」と言う設問に引っかかってのことのようだった。当人にその問題についての自覚がまるで無いわけではないらしい。
思わず、溜息が漏れる。
だいたい――
遅刻の指導くらいできないとは、そもそも指導教官の能力にも問題があるのではないのか?
モレリ巡査部長に対し、思わず、そんな叱責めいた言葉を口にしそうになったところで扉がノックされた。
ヨアキム・バーグ巡査見習が、やっと姿を現した。
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