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12 俺が車の後部座席から荷物を出して、ジャックのフラットの玄関をくぐったのは、午後九時前。 ベルに応じ、玄関のドアを開けたジャックは、まだコートを着たままだった。 「さっき、帰ってきたところなんです」 ジャックは俺のコートを受け取ろうかどうか少し迷い、「まだ、部屋が少し寒いかもしれないので……」と言って、先に俺の荷物だけ受け取った。 「今日は、サンダーベイまでいらしたのでしたっけ?」 言いながらジャックは、俺のコートを取ってハンガーに掛けた。 「大変でしたね」「仕事帰りなのは、お互い様だろう?」 「夕飯は? もう喰ったのか」 「いえ、まだですが」 ジャックは洗面所で手を洗い終わった俺にタオルを差し出しながら、「……スタンこそ、食事は?」と尋ねた。 「夕方、トロントに帰ってきた時に軽く喰った」 俺は、使い終わった自分のタオルを肩にかけ、キッチンの方へと向かった。 「何か喰いに出かけるか?」 ジャックは黙って、首を振った。  俺は冷蔵庫を開け、中身をざっと眺めてから、ビールを二缶取り出した。「ラバット」は俺の好みではないが、他にないのなら仕方ない。 一つをテーブルに置いて、もう片方の栓を開け、飲みながらキッチンの戸棚の中をチェックした。 「ちょっとは『食える物』があるようだな」 振り返ると、ジャックは唖然とした顔で壁際に立ち、こちらを見ていた。 「飲まないのか?」 俺はテーブルの上で汗をかいているビールの缶を指差した。 「あの……」 「作ってやる。だが、凝った料理は期待するなよ」 「え? で、でも」 「心配しなくても、喰えないような物は作らん」 「そんなんじゃないです。けど……」 「なら、座ってビールでも飲んでいろ」 俺は戸棚から、二人分に少し足りないぐらい残っている使いかけのスパゲッティーニの袋とピンクサーモンの缶詰を取り出した。 冷蔵庫からは、レモンとアボカドを取り出して、ジャックに尋ねる。 「玉ネギ、あるか?」 ジャックは口につけていたラバットの缶を、慌ててテーブルに戻すと、唇をぬぐいながら立ち上がった。 「確か、この辺に一個くらいは……」と言いながら、奥のほうからカゴを取り出してくる。 カゴには、小さなポテトが二つに玉ネギが一つだけ入っていた。 「だいぶ古くて……」 ジャックはその玉ネギを俺に差し出した。 俺はそれにナイフを入れ、真ん中から割ってみた。中心部分は使い物にならなさそうだったが、芽はそれほど大きくなかった。 「大丈夫だ、少しあれば良いから」 沸騰した鍋に塩を入れ、パスタを全部入れる。 ラバットの缶を片手に、俺は軽く火を通した玉ネギの上に、汁気を切ったピンクサーモンのフレーク入れて炒め合わせた。 スパイスラックに入っていた調味料やハーブを適当に見繕って、サーモンに味をつける。 そこで、ふと冷蔵庫にケッパーの壜詰があったことを思い出した。 振り返ると、ちょうどジャックが二本目のビールを出そうと、冷蔵庫を開けたところだった。 「ケッパーがあったろう?」 俺はジャックの背中に声をかけた。 再びキッチンを向き、レモンを櫛切りにして絞っていると、ジャックが背後から手を伸ばしてシンクのフチにケッパーの壜を置いた。 振り返ろうと首を回すと、突然、耳元に冷たい物が触れた。 ジャックが新しいビールの缶を差し出していた。俺が振り返るところに、わざと手を伸ばしていたらしく、缶に触れた途端、顔を歪めた俺を見て、ジャックは可笑しそうに声を出して笑った。 外出が許可されるまでの最初の数週間、土曜日の夜のアカデミーでは、訓練生(カデット)達がこんな風にバカ騒ぎをやらかす。 まだ二十歳前後のガキも多いから、ビールで酔っては、子供じみた悪戯をして大笑いするのだ。 少し前までは、日常的に目にしていた「デポ」のそんな光景を、俺はふと懐かしく思い出した。 「今さ。スタン『教官』のスイッチが入ったよね、一瞬」 ジャックは笑いながら自分のビールを開けた。 「ビール一缶で酔ったのか? ジャック」 俺はパスタを一本つまみ出して口に含み、ゆで具合をみた。
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