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「ジャック、大きめの皿はないのか」 棚の扉をあちこち開け閉めしながら、ジャックに声を掛ける。 ジャックは少し首をひねってみせ、俺が一度覗いた棚を、再び開くと青っぽい皿をひとつ取り出した。 「こちらが我が家で一番大きな皿でございます、教官」 そう言って、ジャックは恭しげに差し出してきたが、期待したほどの大きさの皿ではなかった。 俺は文句を言いながら、二人分に少し足りない量のスパゲッティーニを、無理やりそこに押し込む。 そしてケッパーをたっぷりかけて、ジャックの前に置いた。 俺は適当な皿をもう一枚、勝手に取り出し、今度はアボカドの真ん中に縦にナイフを入れ、片側を捻って二つに割った。 よく熟していたので皮は綺麗に剥けた。 マホガニーで出来たボールのような種子を取り出し、丁寧に水ですすいだ。 何に使うわけでもないが、こうするのは俺の癖だった。 クリームイエローの果肉は薄く櫛切りにした。絞ったレモン汁を回しかけてから、黒胡椒をたっぷりと引く。 ビールはそろそろ終わりにして、冷えたソーヴィニヨン・ブランあたりに移りたいところだが、全くもって残念なことに、ジャックの家にはワインは置いていないようだった。 ダイニングテーブルに椅子が一脚しかないような家に、ワインが常備してあるわけもないし、そもそも、このキッチンにはワインオープナーさえ見当たらない。 俺はカトラリーと少し小さめの皿二枚を、正確に言うと、うち一枚はコーヒーカップのソーサーのようだったが、テーブルに並べた。 「温かいうちに喰えよ」 シンクに寄りかかりながら、俺はジャックに言った。 だが、ジャックは目の前にならんだ料理をぽかんと眺めているだけだった。 俺は小皿にスパゲッティ―ニをひとすくい取って、食べてみせた。 「……悪くない。そんな顔してないで喰ってみろ」 そして俺は、自分のビールを飲み干す。 ジャックはもう酔いが覚めたのか、再び元の口調に戻って言った。 「でも、あの。上官を目の前に立たせて、僕ひとり座ってこれを食べる訳には……」 「お前に椅子の心配してもらわなくても、今日は一日中座り通しだったから、これ以上腰掛ける必要はない」 「しかし」 ジャックが、椅子から腰を浮かせながら言い返そうとしたのを制し、空になったビール缶をシンクに放り投げる。 「椅子がないのだから仕方ないだろう? いちいちうるさいヤツだな。そんなに喰いたくないのか?」 ジャックは黙って腰を下ろすと、猛然とスパゲッティ―ニを食べ始めた。 俺はその様子が面白くなってきて、時々「アボカドも喰え」と言って皿を押しやったりしながら、笑いをかみ殺してジャックを見つめていた。 ジャックはほとんど顔を上げることなく、黙々と皿と格闘していたが、やがてすべてを食べきった。 最後のサーモンの一口を食べ終えた後、ビールを一気に飲み干しているジャックに、俺は尋ねた。 「美味かったか?」 ジャックは、ビールもすべて飲み干し、手の甲で口を拭うと「美味しかったです」と半ば俺を睨むようにして答えた。 「さすが、若いな、ジャック。二人分は作ったのに、俺の分まで喰ってくれちまって」 皮肉を言いながら笑い、 「足りないようなら、まだ作るぞ?」と続けてやった。 ジャックは悔しそうに息を飲み込みながら、「こう言うイジメって、レジャイナでよくやられましたよね、教官に」と呟く。 「イジメ? 失敬だな、コーポラル? それに、『デポ』で料理なんか作ってやったか」 「そうじゃなくて、フィットネスのクラスで……」 「授業が?」 「最初にアスレティック・コースのタイムトライアル済ませておいて、その後、散々バーベル・トレーニングさせたくせに、最後にまたタイムを取ったりとか」 「それが何だ」 「さっきのタイムを控え忘れたから、もう一回走れなんて、あれ絶対嘘でしょう?」 ジャックは、立ち上がってシンクの蛇口からグラスに水を汲むと、それをまた一気に飲み干した。 「そう思うなら、手を抜いて走ればよかっただろう。そういえば、お前は一事が万事、真面目すぎるヤツだったな、ジャック」 カデットの大抵の連中は、俺のやり方が判ってくると、途中、適当に力を抜いておくといった要領の良さを身に付ける。 だが、ジャックはいつまで経っても、バカ正直にフルスロットルだったことが、ありありと思い出された。 「しかし……お前の部屋には、ビールしか置いてないのか? ジャック」 俺は一応尋ねてみた。 「……えっと」 「ああ、ミネラルウォーターとミルクなら、間に合っている」 「何かお好みの物があれば、買ってきましょうか? まだ、この時間なら開いている店も……」 ジャックは心配そうに口にした。 「気にするな。飲みたい物があれば自分で買ってくる」 俺はガーメントバッグから荷物をいくつか取り出し、「シャワーを借りる」と言い置いて、バスルームへと向かった。 「サ……、スタン。制服、荷物に入ってる? 掛けておいたほうが良いよね」 言いながら、ジャックがリビングルームに向かって歩いてくる。 「そんなこと放っておけ。喰いすぎたヤツは、ソファーで伸びてろ」 そう言って俺は、バスルームの扉を閉めた。
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