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俺はガレージから室内に入った。 リビングルームにニーナの気配はない。 奥に呼びかけようとした刹那、二階から、低い呻き声が聞こえた。 一瞬、強盗犯の侵入を疑った。 荷物を静かに置くと、俺はホルスターから拳銃を抜き取った。 腰を下げて銃を構え、音を立てないよう階段を上がる。壁伝いに急ぎ足でベッドルームのドアへと歩み寄った。 近付くにつれ、部屋の中の様子がはっきりとしてきた。 呻き声に重なるように、ニーナの喘ぎ声とベッドの軋む音が聴こえてきたからだ。 隙間から中を覗ってみると、ちょうどニーナは浅黒い肌をした黒髪の男の上に股がり、激しく腰をくねらせているところだった。 ……バカバカしい。 俺は心の中で舌打ちをする。 そういえば―― 前の通りに見慣れない車が停まっていたな。 あの黒髪は、どうやら他人の家で女にぶち込むことは出来ても、他人の家のガレージに自分の車をぶち込まないほどの「慎み」は持ち合わせている男らしい。 とりあえず、その場を静かに離れた。騒ぎ立てて近所のさらし者になるのはゴメンだった。 だが、ここは俺の家だ。俺が家賃を払っている。 にもかかわらず、女房のセックスが終わるまでウィスキー・ソーダの一杯も飲れず、息を詰めてじっと待たされるとは?  まったくもって、バカバカしいにもほどがある。 階下に降りても、激しさを増すばかりのファックの声は聴こえてくる。 拳銃をホルスターに戻し、ソファーの上に置いた荷物を持って、俺はガレージへ向かった。 再び運転席に乗り込み、俺は携帯を取り出す。 四、五回呼出し音が続いた後、「J=B・ミシェルです」と他人行儀に答えるジャックの声がした。 「ジャック、今はオン・デューティーか?」 俺は低い声を出した。 「ええ。でも外回りの途中で、休憩中です」 「今日も、あのマスティフ犬みたいなサージェントと一緒なのか?」 「……それは、ガードナー巡査部長のことですか?」 ジャックは笑いをこらえているようだった。 「彼なら向こうのテーブルで軽食をとっているところです」 「軽食?」 「パンケーキを」ジャックが真面目に答える。 「ほう、勿論メイプルシロップをひと壜分、ぶっかけてるんだろうな」 俺が茶化すと、ジャックは少しの間、小声で笑ってから答えた。 「……当たらずとも遠からずですよ、サージェント・メイジャ」 「今、少し話せるか? ミシェル上級巡査」 突然の真剣な俺の口調に戸惑ったのか、ジャックは一瞬、息継ぎのように黙った。だが、すぐに「構いませんが」と応じる。 俺は再び口調を変え、「O.K.コーポラル、そのままメンズルームに向かえよ」とジャックに命令した。 「なぜです?」 困惑するジャックを無視し、俺は続ける。 「さあ、着いたか? そこのメンズルームはどうなっている?」 「どうって、男女それぞれひとつずつ、個室があるだけですよ、サージェント・メイジャ? スタン、一体、今どこにいるの?」 「おあつらえ向きだ。中に入れ」 そして、こう付け足した。 「ああ、俺は今、自分の車の中だ。正確を期して言うと、自宅のガレージに駐車した車の運転席だ。さあジャック。メンズルームに入ったか?」 「……イエス、サー!」 ジャックは、半ばやけくそといった調子だった。 「それで一体、何なんですか?」 「俺は今しがた、家に戻ってきたところだが、ちょうど女房が俺のベッドで男とファックしていてな」 可笑しくてたまらないといった口調で、俺は話を続ける。 「……えっ?」 「だから。ニーナが男を連れ込んでるんだ、よりによって家にな。それで俺は、せっかく早めに帰ったというのに、ソファーで一杯やりながら映画を観ることもシャワーを浴びて着替えることも遠慮して、車に逆戻りって訳さ。自分の家だというのに、糞忌々しい」 「スタン……」 ジャックはただ、俺の名を呼んだ。 ほかに何をどうするべきなのか、全く判らないといった風だった。 「そうだ……わざと大きな音を立てて、家に入り直したら?」 「なるほど。そいつが二階の窓から、裸で慌てて飛び出せるようにか?」 吹き出しながら、俺は尋ね返す。 ジャックはそのまま黙りこんだ。途方にくれたような表情が目に浮かぶ。 「構わない。そんなことはどうでも良い。面倒はゴメンだ。俺はさっさと済ませてもらって、お帰り願いたいだけだ。ただ…」 「ただ?」 「そのゲストが、なかなかお帰りにならないようでな。それでちょっとばかり、お前につき合ってもらいたい」 「うん……あ、でも、今日のシフトは夜中を過ぎるよ」 「つき合って欲しいのは『今』だ。手間は取らせない」 「え?」 またしても驚きの声を上げたジャックを無視し、俺は続ける。 「想像してみろよ、自分が家に帰ってきた時。凄く好みの男が女房と寝てたってのを」 「……スタン!!」 「そいつがニーナを組み敷いて、腰を動かしている後ろから、俺がぶち込んでやる。いつもお前にやってるみたいにな、ジャック」 俺はベルトを緩め、スラックスのジッパーを降ろしながら、わざと荒々しい息づかいでジャックに話しかけた。 「スタン! 『つき合え』って……そんなこと?」 「俺が今、何をやってるか、判っているんだろう?」 ジャックは押し黙ったまま答えない。 「来いよ……今、お前とやりたくてたまらない」 「スタン、ヤケを起こしてるのなら……」 「ジャック、前も言ったが、ニーナと寝るのに俺の許可は必要ない。それが誰でもだ。俺はただ、お前とやりたくてたまらないだけだ」 早口で、そうジャックを遮ると、次はごくゆっくりとした口調で、俺は続ける。 「ほら、早くしないと、あのマスティフ犬みたいなサージェントが、お前を呼びに来るぞ?」 自分のペニスをゆっくりと弄りながら、俺は携帯のスピーカーに耳をすませる。 程なくジャックの息づかいが、激しさを増してきた。 「どんな男だか、知りたいか?」 ジャックを犯しつつ耳元で囁く様子を想像しながら、俺は言う。「ニーナのファックの相手」 返事の代わりに、ジャックは押し殺したような喘ぎ声を出した。 「チョコレート色の肌をした、黒髪の若い男さ。子鹿みたいな瞳をしてたな……髪も肌も、汗で艶めいていて、どうだ? ジャック、好みか?」 ジャックは激しく息を切らせながら、途切れ途切れに答えた。 「…っ、黒い髪は好きだよ……。だってスタンと一緒だ」 「では、二人まとめて抱いてやる。ジャック、お前もそいつにぶち込んでみろ」 快感が高まる。 俺は両足を伸ばせるだけ前に伸ばし、シートから腰を浮かせた。 「スタン、スタン挿れて。イク、出ちゃう、出ちゃうよ」 ジャックが、泣き声にまみれた小さな嬌声を上げる。 ほぼ同時に、俺も自分の精液を思い切りほとばしらせた。 二階から人が降りてくる気配はまだ感じられなかった。 俺は呼吸を整えながら、ジャックに言う。 「勤務中に『ヤル』のも、スリリングでなかなか良いだろう?」 「そんな。他人事だと思って……こんなんじゃ、すぐには戻れない」 呼吸を抑えようと、むやみに唾を飲み込みながらも、まだ震えの残る声で、ジャックが言う。 「どうしよう。誰か外で、ここが空くの待ってたら」 「そんなに大声で『よがって』いたのか? ジャック」 ここぞとばかりに、俺はヤツを揶揄った。 「ヒドいこと言うね、スタン」 真に受けたジャックが怒る声が可笑しかった。俺は笑いながら言ってやる。 「『泣くほど腹が痛かった』って、言っておけば大丈夫だ。ドアの向こうで待ってたヤツがいても、マスティフ犬に何か尋ねられてもな」 「……ウソだ!」 ジャックが、突き刺すように囁き返してきたので、俺は「本当だ」と力強く請け合った。 「そいつは、俺が実行済みだからな」
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