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ジャックのベッドの上で目を覚ます。
頭はかなり、スッキリとしていた。眠っていたのは、一時間かそこらのようだった。
喉の渇きを覚えて、ゆっくりベッドから起き上がり、部屋を出た。
ジャックはリビングルームのソファーで本を読んでいた。
「具合どう?」
ジャックは俺を見ると、すぐに立ち上がる。
「ああ、大分良い」
出そうと思う声が、やっと出せるようになっていた。
ジャックは、俺にソファーを勧め、自分はキッチンへと歩いていく。
俺はソファーに身体を沈みこませる。
見あげると、俺の制服が一式、丁寧に掛けられていた。
ジャックがマグカップを二つ手にして戻ってきて、俺には九割がホットミルクのようなコーヒーが入った方のカップを寄こす。
それを黙って飲み下していると、ジャックは悪戯をたくらんでいる子供のように緑色の目を輝かせながら、俺を見た。
自分自身に視線を向けてみる。
ジャックが貸してくれたパジャマは、俺には小さすぎた。
袖もパンツの丈も短すぎる。
シャツのボタンは途中までしか留まらないし、しかも、ひとつかけ違えてもいた。
そのありさまは、自分でもまったく滑稽に思われた。
俺は思わず噴き出してしまう。
ジャックも一緒に笑い出した。
「なんか、オードリー・ヘップバーンの着てた服みたいだね、それじゃ」
「何の話だ?」
俺がミルクコーヒーを飲みながら尋ねると、ジャックはこう返した。
「この間ヴィデオで観たんだよ、お金持ちの兄弟がオードリーを好きになる話。有名なんだよね? あのファッションって」
「『麗しのサブリナ』のことを言っているのか? もしかして」
皮肉たっぷりの口調でこう答えると、俺は苦笑を噛み殺そうと努力した。
ジャックが、またふくれ面をしているのではないかと思って、視線を向ける。
しかしジャックは、穏やかに微笑んでいた。
そして、
「……良かった、随分元気そうになった」と呟く。
続けて、「あ、そうだ」と言い足し、ジャックがキッチンを振り返った。
「スープ、作ったんだよ。スタン、今日食事はできてたの? 食べられそうなら、少し食べてみる?」
返事の代わりに、俺は立ち上がってジャックの後からキッチンへと入る。
ダイニングテーブルの前には、前にあった小学校の教室にあるような背のついた椅子の他に、もうひとつ、小さなスツールが置かれていた。
「どうしたんだ? これは」
スツールを指差しながら尋ねると、ジャックはレンジに火を点けながら、
「先週、上の階で引越があって、捨てていくっていうのを貰ったんだ」と答える。
そして、シリアルボウルにスープを注ぎながら、
「とりあえず、これで二人とも座って食べられるよね」と、すまして続けた。
「スタンはそっちに座って、病人なんだから」
テーブルにスープボウルとスプーンを置くと、ジャックはすぐさま、スツールの方に腰掛けた。
「病人じゃない」と俺が呟けば、
「さっきまでは、ヘロヘロだったくせに」と、ジャックは軽く舌打ちをしてみせる。
さすがに返す言葉はなかった。
「僕に謝ったりして。具合が悪い時のスタンの方が、可愛くて扱いやすいよ」
ジャックが更に調子に乗る。
突然バイブ音が部屋に響いた。
ジャックに視線を向けたが、ヤツは黙って首を振る。
「さっきから、何回かスタンの携帯に……」
俺は制服のジャケットから携帯を取り出した。
ニーナから数件の着信とメッセージが入っている。
思わず溜息が漏れた。
そして、ロクに読まぬまま、「今晩はダウンタウンに泊まる」とだけ返信を入れる。
「奥さんから……?」
冷蔵庫から、大きなミルクのボトルを取り出しながら、ジャックが訊ねた。
俺は、黙ったまま携帯をテーブルの上に置く。そして、
「明日のシフトは何時だ?」と話を変えた。
「十六時だけど」
ジャックは二つのグラスにミルクを注いでいる。
「迷惑ついでに、今晩泊めてもらえるだろうか? 今から帰るのは面倒だ」
「……迷惑だなんて」
ジャックは、ミルクのグラスを差し出しながら答えた。
「スタンがいてくれるのは、すごく嬉しい」
そして、大真面目な顔で俺を見つめながら、
「それにさ」と、ジャックは言い添える。
「今から帰すなんて。心配でとてもできないよ!」
夜遊びが過ぎて友人の部屋に転がりこんだティーンエイジャーのように、俺たちはジャックの狭いベッドの端と端に横になった。
ジャックは読みかけの本を開くと、枕を自分の肩の下に押し込んで、
「しばらく明かりが付いていてもいい?」と訊いてくる。
軽い頷きでそれに答え、寝返りを打って壁の方を向くと、俺はほんの数分で眠りについた。
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