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16 毎年、春先から夏の休暇の予定をせっつくニーナだった。 だが今年は、制服のジャケットを脱ぐ頃になってもそんな話を始めないことに、俺は気づく。 オープン・カレッジの仕事の調整がつかないらしく、「まとまった休みが取り難い」と、ニーナはこぼしていた。 俺の方はといえば、スケジュールが比較的固定していたアカデミーの頃ならまだしも、今の任務では、ニーナの望みどおりに休暇を調整するのは億劫で、正直、面倒事が減り、ストレスが軽減された気分だった。 勿論、ニーナの興味がバカンスからそれた理由は、「仕事のせい」だけではないだろう―― RCMP(王立カナダ騎馬警察)の退職者であるマテバ・デ・カルロから、突然携帯に連絡が入ったのは、そんな頃だった。 マテバは警部(管理職)への昇進に見切りをつけると、勤続二十年の年金受給可能期間(フル・ペンション)に達してすぐに退職した、いわゆる「転職組」だ。 その甲斐あってか、今では、カナダでも五本の指に入る探偵事務所の幹部職員になっている。 マテバとは、ヤツが辞めるほんの少しばかり前に、部下として同じ部署で働いたことがあるだけの付き合いだ。 だが、俺が「デポ・ディヴィション(レジャイナ)」に配属になり、アカデミーの教官に就任してからは、何度か頼みごとを聞いてやったことがあった。 「やあ、スタンレイ・ハンセン。『デポ』に電話したら、お前さん、異動したと聞いてな」 マテバは相変わらず、携帯の番号を知ってる人間は、みな自分の親友だとでも言わんばかりの親しげな口調で話し出した。 「お久しぶりです、ミスタ・カルロ。突然で少々驚きました」 俺は慇懃無礼に応じる。 しかしそもそも、マテバはこんな厭味の通じるような相手ではない。 「それで? 今は何をやってる?」 「相変わらず、トレーニング関係です」 俺は適当に言葉を濁す。 「ところで、スタンレイ。ちょっと聞きたいことがあるんだがな」 マテバは前後の会話の脈絡などまるでお構いなしに、早速、自分勝手に用件を切り出してきた。 なんのことはない―― 要は、アカデミーが開催するトレーニングコースの受講について、「口利き」をしてほしいという「オネダリ」だ。 アカデミーではRCMPの訓練生以外に、自治体の法執行機関や外国の類縁機関の職員にもコースを用意している。 マテバは、自社のスタッフの受講について、俺に「話を通して欲しい」というのだ。 以前にも、マテバからは似たような依頼を受けたことがあった。 その当時も問題なく処理され、既に受入の実績もできている。今さら俺が話を通すようなことでもないのに、一体、何の「見返り」を期待して電話をよこすのか。 だがまあ、そういうところは、いかにも「マテバらしい」。 俺は今の担当者に連絡しておくから、規定の書類を「デポ」に提出するようマテバに言う。 無論、デポにわざわざ連絡するつもりなど、さらさらない。 「スタンレイ。お前さん、トロントにいるなら声を掛けてくれればいいのに。そうだな。たまには飲まないか?」 「礼」のつもりなのか、マテバがこんなことを言い出す。 「不規則な勤務ですから……」 俺はやんわりと拒否の意を示した。しかし当然、マテバは、そんなことにはかまわず話を続ける。 「何を今さら。警官の勤務っていうのは、基本的に不規則なものだろう?」 なるほど確かに? それはそうだ。 「今度の週末はどうだ? 土曜の午後ににオフィスに来い。車はここのパーキングに停めておけばいい」 マテバが「言いだしたら聞かない」ことは、部下としての短いつき合いだけでも、十二分に判っていた。 それに―― 土曜のジャックのシフトが、二十時上がりだということも。 ダウンタウンに出たついでにジャックのところに泊まって帰るというのも、ちょうど良いかもしれない。
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