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土曜の朝、瞼を突き抜けて刺し込んでくるような日差しで、俺は目を覚ます。
朝というよりは、もう昼に近かった。
昨夜は、ロンドンのオフィスでのデスクワークが長引いて、帰宅したのは深夜に近かったのだ。
着替えて階下へと下りてみたが、ニーナの姿は見あたらなかった。
ガレージへの扉が開いている。
キッチンでコーヒーマシンをセットしていると、表の水音に気が付いた。
顔を出して外を覗くと、ニーナが車を洗っていた。
自分のプジョーと俺のホンダの両方を、ガレージから引っぱり出している。
「あら、スタンリー。起きた?」
ニーナが俺に気がつき、顔を上げる。
「あんまり天気がいいから。一緒に洗っちゃったけど、よかった?」
「確かに、良い天気だ」
ニーナが洗車とは!
めずらしい事もあるものだと思いながらも、俺はニーナに礼の言葉を口にした。
ニーナは、乾いてきたプジョーの方にワックスをかけ始める。
「代わろうか?」と、声を掛けた俺に、
ニーナは大丈夫と答え、手を動かし続けていた。
「俺のは自分でやるから、置いておいてくれ」
そう言ったのは、ニーナのワックスがけが予想どおり、お世辞にも上手いとは言い難かったせいだ。
シガーを一服しようと、淹れたてのコーヒー手にテラスに向かったところで、ニーナが手を拭きながら家に入ってきた。
「ああ、暑い。スタンリー、お腹空いてる? 買い物に行かないと、あんまり物がないのよ」
ニーナはそういって俺を見上げる。
「そのあたりでランチを食べてから、買い物に回ればいい」
「着替えてくるわ」と、ニーナが二階に上がっていった。
身支度に、あと三十分は掛かるに違いない。
俺はリトルシガーを銜えながら、テラスに出た。
それから、ニーナのプジョーで出かけ、通りがかりのフランチャイズのダイナーに入る。
俺はクラブサンドイッチとコーヒーを注文し、ニーナはターキーサラダとジン・アンド・トニックを頼んだ。
ニーナは、俺のクラブサンドに付け合せてあるチップスをつまみながら、カレッジの愚痴を延々とこぼし続けている。
俺と言えば、適切な頃合に適切な相槌を打つよう細心の注意を払いつつ、いつチェックを頼むかを見計らっていた。
買い物を済ませて家に戻った時には、三時をとうに過ぎていた。
自分の車に急いでワックスをかけ、シャワーを浴びる。
着替えて階下に下りていくと、ダイニングテーブルで本を広げていたニーナが、驚いたように顔を上げた。
「出かけるの? スタンリー」
「昼にも言ったが、RCMPの退職者に誘われていてね」
食事中にも言ったし、スーパーマーケットでも言ったのだが、ニーナの耳には全く入っていなかったらしい。
「アルムナス?」
ニーナが怪訝そうに言った。
「昔の上司だ」
俺は肩をすくめてみせる。
「帰りは遅くなる。明日の朝になるかも」
俺はニーナの肩を軽く引き寄せ、頬にキスをして、薄手のジャケットを手に持ち、車に乗り込んだ。
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