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17 マテバの勤務するノースウッド探偵社は、ダウンタウンに自社ビルを持っている。 贅沢にも地下数階分がパーキングスペースとなっていた。 マテバから事前に教わっていた番号を入力すると、パーキング前のゲートのバーが上がる。 俺は車を進めた。 マテバのオフィスは十一階だ。 IDカードを持たない俺が、エレベータであがれるのは地階(グランドフロア)まで。 グランドフロアのレセプションには、すでに話が通っていて来客用の通行カードが用意されていた。 俺は再びエレベーターに乗りこみ、十一階で降りた。 部屋は数えるほどしかない。 幹部職員専用のフロアのようだ。毛足の長い絨毯が敷き詰めてある。 足音だけでなく、その他全ての、音という音があっという間に吸収されてしまいそうだった。 指定された部屋のバカバカしく大きな一枚板のドアには、呼び鈴がつけてあった。 ご丁寧に監視カメラまで仕込んである。 マフィアが殴りこみに来る危険でもあるとでもいうのだろうか? 全く大袈裟なことだ。 ベルを押そうとした瞬間、ドアロックが自動で解除される音がした。 木製にしてはひどく重過ぎる扉を押して、俺は中に入る。 そこは、これ見よがしに広い前室だった。 細身の黒髪の青年が、マホガニーのデスクの前に座り、コンピューターのモニターに視線を落としている。 「お約束のミスタ・スタンレイ・ハンセンですね」 モニターから視線を離し、俺を見上げた男。 地味ながら見事な仕立てのスーツをまとった、その男には見覚えがあった。 そう。 この男は俺のベッドに上がりこんでいた、ニーナの情夫―― 「デ・カルロの秘書のアーマンド・フェルナンドです。ミスタ・ハンセン、こちらへどうぞ」 ヤツはゆっくりと椅子から立ち上がり、机を回ってこちらへ近づいてくる。 無論、この男。俺がニーナの夫であることを知らないわけがないだろう。 だが―― 自分とニーナとの関係に、「俺が気付いている」ことは知っているのだろうか?   まったく。 それにしても、よりにもよって「マテバの秘書」とはな。   まさかとは思うが、マテバがらみの裏があって、わざとニーナと寝ている可能性だってあるな? 俺は色々と勘ぐり始める。 だが、マテバが絡んでいたとしたら……俺をわざわざ、アーマンドのいるオフィスに呼びつけるという、その意図が見えない。 アーマンドの目を、俺はしばらくの間、見すえた。 数回のまばたきはあれど、アーマンドの黒く潤んだ瞳は、まっすぐに俺の視線を受け止め続ける。 アーマンドは隣室のドアをノックし、「ミスタ・ハンセンがお越しです」と告げた。 ドアが開く。 俺はマテバの部屋に通された。 「スタンレイ、久しぶりだな。お前は変わらん」 マテバが大きく両腕を広げてみせる。 そして秘書の方を向くと、不必要なほどの大声で、「アーマンド、帰っていいぞ。俺たちは出かけるから」と言い足した。 アーマンドは静かに目を伏せ、ドアを閉めて出ていく。 「有能そうな秘書だ」 世間話の糸口のようにして、俺は言う。 もちろん、ワザと。 するとマテバが、またもやオーバーアクション気味の大きな頷きで、こう応じた。 「ああ、実に優秀な男でな。まったく、ヤツがいないと仕事にならん」 なるほど……。 まあ、おそらく本当に「そう」なのだろう。 マテバが「今の地位」を維持できているのは、秘書の能力の高さゆえでもありそうだから。 どうやらアーマンドは、何事においても、裏から自分の影響を及ぼすようなタイプに見える。 「豪勢な事務所で」と、俺は言い足す。 無論、俺とて「おべんちゃら」くらい言うことができる。 ただ、滅多に言おうと思わないだけで。 「おいおい、『皮肉屋スタン』ぶりは健在だな」 マテバにも、やっと厭味が通じたらしかった。 俺は、「また、随分と昔の話を」と苦笑する。 そもそも「皮肉屋スタン」というあだ名を「新入りの俺」に付けたのはマテバだったし、マテバ以外の誰も、俺をそう呼んだことはなかったのだ。 「お前さんの車は、好きなだけここのパーキングに停めて置けるようにしてある。いつでも好きな時に拾いに来い。では行こうか」 言ってマテバが、おもむろに立ち上がる。 前室に出てみれば、アーマンドは先程と全く変わらない様子で、静かに自席に座っていた。 「アーマンド、それではまた火曜に」 そうマテバが言うと、アーマンドは手元でドアロックを解除する。 そして俺たちの先に立って、あの重い扉を押し開けた。 扉が閉まるまでの間。 俺はずっと、アーマンドの視線を背中に感じていた。 ただし、「その意味」をどう取るべきかは、今ひとつ計りかねながら―― 
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