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まず、マテバに連れて行かれたのは、五つ星ホテルの「シガー・バー」だった。
シガーをやって、酒を飲むだけにしては、少々金のかかりすぎる類の場所だ。
まだ、宵の口と言ってもいい位の時間だったので、店はどちらかといえば閑散としている。
マテバは常連風を吹かせて、さっさとカウンターにとまった。
「ここへは? 来たことは?」
マテバは、飲み物の注文もそこそこに、そう口を開く。
「騎馬警官風情が来るには、高級過ぎだ」
端的にごく淡々と、俺は応じた。
するとマテバが、「オイオイ」と声を上げる。そして、
「随分と昇進したんだろう? 聞いたぞ」と言いながら、俺の肩を叩いた。
俺はただ苦笑だけで応じる。
マテバが続けた。
「しかし、サージェント・メイジャとは、随分めずらしい階級だな? まあ、さすがに警部にするには、まだお前さんも『若すぎる』ということか?」
さあな?
人事上層部の思惑など、俺のあずかり知らぬことだ――
俺は胸の内でそう呟き、マテバは「ま、ここも経費だ」と、独りでしゃべり続ける。
ああ、そうだろうて? 言われなくとも分かっているさ。
あの「優秀な秘書」が、さぞかし色々と取り計らってくれるんだろう。
だがしかし――よりにもよって「シガー・バー」とはな。
俺の知る限り、マテバが「ラッキーストライク」以外の物を吸っているところなど、ついぞ見たことがなかったのだが。
カウンター越しにバーテンダーが寄ってきた。
マテバはただひと言、「いつもの」と言い捨てて、俺の方を向く。
俺はまず、重めのスコッチを注文し、ロブストで何があるかを尋ねてみた。
バーテンダーは軽く頷くと、「では、いくつかご提案をお持ちします」と下がっていく。
戻って来たバーテンダーが、マテバに「ダブルコルナ」を差し出した。
受け取って、形ばかり香りを確かめてから、マテバはおもむろにポケットからカッターを出す。
そして、思い切り良すぎるほどの勢いで、吸い口をフラットにカットした。
マテバは、俺に「お先に」と声を掛けると、続けてシガーバーナーを取り出す。
ライターは「金銀コンビ」のカルティエだった。
死にそうな悪趣味だ……。
バーテンダーが、マテバにはブランデーグラスを、俺の前にはスコッチを滑らせる。
そして、俺にあらためてシガーを何種かサジェストした。
最後に出されたオヨ・デ・モンテレイを選び、俺はバーテンダーにカットまで任せる。
シガーカッター付属していた「あのアーミーナイフ」をジャックにやってから――
代わりを買いそびれていたのだ。
カットの形を尋ねられる。
ひと口スコッチを舐めてから、俺は「パンチにしてくれ」と答えた。
手渡されたシガーを受け取りながら、バーテンダーに、チラリと視線を投げる。
バーテンダーはわずかに目をそらしながら、大ぶりのガスライターに火を点けた。
軽くバーテンダーの方に体を傾けて、俺はゆっくりとシガーに火を回す。
礼を言って、シガーを火から離しても、バーテンダーはバーナーを手にしばらく動かなかった。
ああ、なかなか「可愛げ」はあるな――
俺の「趣味」ではないが。
俺はそんな風にバーテンダーを評する。
店に入った時から、ヤツが「ゲイだ」ということは察しがついていた。
マテバはやたら、RCMPの噂話をしたがった。
仮にも「現役の警官」である俺から、一体何を訊き出そうというのか。
露骨過ぎるにも程がある……と、さすがに俺も呆れてしまう。
そんなマテバが、しばしば上げた「名前」は「レオン・マクロード」だった。
「アイツには、昔から良くない噂が多くてな」
そんな風に吐き捨てて、マテバがブランデーグラスを回す。
「……良くない?」と、俺はオウム返しに問い返してみた。
マテバが「とぼけるなよ、スタン」と笑う。
「その手の『噂』は絶えなかったろ? 情報流しとかブツの横領とか。ヤッコさん、今は内調だって? さぞかし『自らの経験』とやらが生きるだろうな?」
「『噂』は、所詮『噂』では?」
煙を吐き出しながら俺が答えると、マテバは眉を大きく上げ、
「お前さんも同期だから奴を悪く言いたかないだろうが」と前置きし、
「火の無いところに、煙は立たんというだろう?」と、俺のシガーを指差した。
シガー二本を吸い終わったところで、マテバの下世話な話にもシガーの煙にも、俺はほとほとウンザリしてしまう。
引き続き遅い食事に誘われたが、俺は明確にそれを断った。
「ああそうか、お前さん。そういえば新婚なんだったな、スタンレイ」
マテバがからかい口調で大声を出す。
「三年も経てば、もう『新婚』とはいわないのでは」
一応、俺はそう言い返した。
その後も、時折、控えめに視線をよこしていた「くだんのバーテンダー」は完全に無視したまま、俺はシガー・バーを後にする。
気になっていた秘書のアーマンドについて、マテバからは特に、何らかの感触は得られなかった。
特に今、あまり勘繰りすぎるのも得策ではないだろう――と。
俺はとりあえず、そう結論づける。
それにしても……だ。
ニーナも、随分と「面倒な男」を引っ張り込んだものだ。
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