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20 食事が終わった。 俺がグラスに残ったワインを飲み干している間に、ジャックがコーヒーマシンをセットする。 シンクを向いたまま、ジャックが口を開いた。 「そういえば、この前。ロイがスタンのこと訊いてきたよ」 一瞬、引っかかりを感じた。 「『マスティフ犬』が、俺に何の用だ?」 声に滲む不快な響きを感じとったのか、ジャックが心配そうに、俺を振り返る。 「『用』とか、そんなのじゃなくてさ……サージ・ガードナーは、来期から新人の指導担当警官になるんだ。初めてなんだって、研修を受け持つの」 「それが何か?」 ジャックが差し出すコーヒーを受け取りながら、俺は話を促した。 「だからさ、その関係で誰かから聞いたんだね、スタンの任務のこと。指導担当の警官も評価を受けるからって、すごい気にしてた」 「そんなもの、普通にやっていれば別段、何の問題もない。『シロップ漬けのパンケーキ』を常食していることは俺の評価の対象じゃない。いずれにせよ、じきにヘルスチェックで引っかかるだろうが」 そう言ってコーヒーに口をつけてから、 「で、そんな事を何でお前にわざわざ訊いたりするんだ? 『マスティフ』は」と、かなりキツイ口調で付け足した。 「それは、たまたまだよ。ほら、前に僕とサージ・ガードナーが勤務中だった時、スタンと会ったからだと思うよ。別に今も親しくしてるって判ってて言ったわけじゃ……」 ジャックが困惑の表情で肩をすくめる。 無論、ジャックの言うとおりだ。俺の勘繰りすぎ。 ロイ・ガードナー巡査部長が、ジャックに「俺の話」をしたとしても、おそらく、そこに裏はないだろう。 そんな「うがった見方」をしてしまうのは、ニーナとアーマンド、それにマテバのことが、ずっと俺の頭の中で引っかかっているからなのだ。たぶん。  俺がそう考え直したところで、ジャックが話を続けた。 「ロイはね、スタンが本部の方に、すごく顔が広いらしいって言ってた。そんな噂を聴いたんだってさ。準警部(サージェント・メイジャ)なんて、特に変わった階級だしね。それで色々と気にしてるんだよ」 「具体的にロイ・ガードナーは、『何と』言っていたんだ?」 まるで尋問めいて、俺の口調が鋭さを増す。 ジャックはマグカップを手にしたまま、息を詰めて凍りついた。 「ガードナーが、一体『どんな話』を仕入れてきたって?」 ジャックの瞳を見据えながら、重ねて尋ねる。 俺から視線をそらすことができないまま、ジャックはおずおずと口を開いた。 「スタンが……仕事がらみの情報で……内調や人事に、色々恩を売ってるって。そういう噂があるって」 「なるほど。色々な『噂』があるな、組織ってヤツは」 ジャックは、困惑と怯えに、くちびるを白く固くさせたまま、目を見開いて息を詰めている。 「まあ、そんな噂の出所ぐらい、大体察しが着く」 口の端を歪め、俺は少しだけ笑ってみせた。 そして立ち上がり、ジャックの頭を腕に抱えると、金色の柔らかい髪に自分の顎を埋める。 「別に、お前に怒っているわけじゃない、ジャック」 ジャックはカップをシンクに置くと、ゆっくり、俺の背中に手を回した。 そして、 「ああ、そんなに心配するな? 『釣り』には、ちゃんと連れて行ってやる」と。 ジャックの背を優しくなでてやりながら、俺はそう言い足した。
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