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食事が終わった。
俺がグラスに残ったワインを飲み干している間に、ジャックがコーヒーマシンをセットする。
シンクを向いたまま、ジャックが口を開いた。
「そういえば、この前。ロイがスタンのこと訊いてきたよ」
一瞬、引っかかりを感じた。
「『マスティフ犬』が、俺に何の用だ?」
声に滲む不快な響きを感じとったのか、ジャックが心配そうに、俺を振り返る。
「『用』とか、そんなのじゃなくてさ……サージ・ガードナーは、来期から新人の指導担当警官になるんだ。初めてなんだって、研修を受け持つの」
「それが何か?」
ジャックが差し出すコーヒーを受け取りながら、俺は話を促した。
「だからさ、その関係で誰かから聞いたんだね、スタンの任務のこと。指導担当の警官も評価を受けるからって、すごい気にしてた」
「そんなもの、普通にやっていれば別段、何の問題もない。『シロップ漬けのパンケーキ』を常食していることは俺の評価の対象じゃない。いずれにせよ、じきにヘルスチェックで引っかかるだろうが」
そう言ってコーヒーに口をつけてから、
「で、そんな事を何でお前にわざわざ訊いたりするんだ? 『マスティフ』は」と、かなりキツイ口調で付け足した。
「それは、たまたまだよ。ほら、前に僕とサージ・ガードナーが勤務中だった時、スタンと会ったからだと思うよ。別に今も親しくしてるって判ってて言ったわけじゃ……」
ジャックが困惑の表情で肩をすくめる。
無論、ジャックの言うとおりだ。俺の勘繰りすぎ。
ロイ・ガードナー巡査部長が、ジャックに「俺の話」をしたとしても、おそらく、そこに裏はないだろう。
そんな「うがった見方」をしてしまうのは、ニーナとアーマンド、それにマテバのことが、ずっと俺の頭の中で引っかかっているからなのだ。たぶん。
俺がそう考え直したところで、ジャックが話を続けた。
「ロイはね、スタンが本部の方に、すごく顔が広いらしいって言ってた。そんな噂を聴いたんだってさ。準警部(サージェント・メイジャ)なんて、特に変わった階級だしね。それで色々と気にしてるんだよ」
「具体的にロイ・ガードナーは、『何と』言っていたんだ?」
まるで尋問めいて、俺の口調が鋭さを増す。
ジャックはマグカップを手にしたまま、息を詰めて凍りついた。
「ガードナーが、一体『どんな話』を仕入れてきたって?」
ジャックの瞳を見据えながら、重ねて尋ねる。
俺から視線をそらすことができないまま、ジャックはおずおずと口を開いた。
「スタンが……仕事がらみの情報で……内調や人事に、色々恩を売ってるって。そういう噂があるって」
「なるほど。色々な『噂』があるな、組織ってヤツは」
ジャックは、困惑と怯えに、くちびるを白く固くさせたまま、目を見開いて息を詰めている。
「まあ、そんな噂の出所ぐらい、大体察しが着く」
口の端を歪め、俺は少しだけ笑ってみせた。
そして立ち上がり、ジャックの頭を腕に抱えると、金色の柔らかい髪に自分の顎を埋める。
「別に、お前に怒っているわけじゃない、ジャック」
ジャックはカップをシンクに置くと、ゆっくり、俺の背中に手を回した。
そして、
「ああ、そんなに心配するな? 『釣り』には、ちゃんと連れて行ってやる」と。
ジャックの背を優しくなでてやりながら、俺はそう言い足した。
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