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22 そろそろ、オタワでの講義の準備に本腰を入れなければならなくなってきた。 朝からずっと、管区総本部のオフィスに籠もり準備の作業を続けていたが、一区切りをつけ、俺は外に食事に出る。 昼食の後、コーヒーをテイクアウトして水辺の緑地帯へと向かった。 夏の名残を思わせる日差しとは裏腹に、水面を渡ってくる風は、すでにひんやりと清々しい。 いつものベンチに腰掛けると、俺はシガーの先に火を回し、ポケットから携帯を取り出した。 呼び出し音。 数コールの後、ジャックの声が応答する。オン・デューティーの時の口調だった。 「ジャック、勤務中に悪いが、今話せるか?」 「大丈夫です、少々お待ちを」 そう言って、ジャックは通話を保留に切り替えた。 数十秒後、さっきよりはずっと明るい口調のジャックが、再び通話に戻ってくる。 「スタン、おまたせ。どうしたの、最近連絡なかったね」 「ああ」 「……忙しかった?」 「まあな」 俺は曖昧に言葉を返した。 「あのさ、スタン」 さらに声の調子を明るくして、ジャックが話を続ける。 「休暇の件なんだけど、僕、週末を含めて来週に取れそうなんだけど」 「……ジャック」 静かに、だがはっきりと、俺はジャックの話を遮った。 「何?」 「釣りの話は、無かったことにしてくれ」 ジャックはかなり長い間黙り込む。 だが、やがて気を取り直したように口を開いた。 「スタンが忙しいなら……仕方ないよね。残念だけど。またいつかさ、時間がとれたら……」 「『またいつか』も『なし』だ。ジャック」 「え?」 「そういうことだ。もう良い潮時だろう、お前とは、なかなか楽しかった」 「ちょっと、スタン。何だよそれ? 全然意味が判んないよ」 「お前のことだから大丈夫だと思うが、俺たちの件は、勘づかれるようなことにはなるなよ、互いのためだ」 「どうして?! 何かあったの?」 ジャックが声を荒らげる。 俺は黙っていた。 「そんなこと……許さないよ。覚えてる? スタン。勝手に僕を本気にさせておいて、今度は『はい、おしまい』で済ますつもり? 我儘にも程があるよ。これはスタンだけの問題じゃない……僕たち二人の問題だ」 これほど感情を露わにしたジャックの声は、初めて聞く気がした。 俺はさらに声を押えて、こう応じる。 「お前が許そうが許すまいが関係ない。勝手でも何でもかまわない。『終わり』は『終わり』だ」 「……スタン、僕は何か、スタンの気に障った?」 ジャックが、少し冷静さを取り戻す。 「そうだと言えば、お前は満足するのか?」 しばらくの間、ジャックの呼吸の音だけが耳元に聞こえていた。 「分かったよ、スタン。スタンの言うとおりにする」 そう告げたジャックの口調は、ほぼ平静に戻っていた。 「でも、もう一度だけスタンに会って、どうしても言いたいことがあるんだ」 「では今、済ませろ」 「ダメだ。顔を見て、きちんと伝えたいんだ」「無理だ」 「待ってる、部屋で待ってる」 そしてジャックはなおも続ける。 「世界中が敵だと思っても、スタンは、僕のことだけは怖がらなくていいんだよ」 俺は何も言い返せなくなる。 「僕は絶対に、どんなことがあっても味方だから。スタンを傷つけたりしない、守るから」 喉の奥が、締めつけられるように痛んだ。 「それを分かって欲しいって、今までもずっとそう思ってた。だから、会ってもう一度、それをキチンと伝えたいんだよ、スタンに」 俺たちはまた、しばらくの間、黙り込む。 そして、 「勤務中に時間をとらせて済まなかった、コーポラル=ミシェル」 それだけ言うと、俺は一方的に通話を切った。 空になったコーヒーのカップに吸い殻を入れ、ダストボックスに投げ入れる。 そして、ゆっくりと水辺へと近づいた。 ポケットからウォレットを出し、ジャックの部屋の鍵を取り出す。 俺は鍵を左手に持つと、テイクバックをつけ、サイドスローで川へと投げこんだ。 鍵は日差しを受けて一瞬煌き、数回水面を切り、そして、そのまま静かに沈んでいく。 腕時計に視線を向けた。 もう一本、電話しなければならないところがある。
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