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 ――レオン・マクロードとは、肉体的な接触はおろか、結婚式に招待して以来、顔を見て会話したこともない。 そう、ニーナは言った。 俺に銃を向けたあの朝。 ニーナは放心したまま、うわ言めいて語り続けた。 「スタンリー。わたし、トロントに来てから、あなたが、浮気してるみたいだって思って。ずっと悩んだの。でも何の証拠も得られなかった。友達と会ってみたり、出歩いてみたりしたけど、疑いばかり強くなって。探偵を雇おうとノースウッドに行ったわ。RCMPのOBも多いと聞いたから。その時、話を聴いてくれた秘書が……アーマンドよ。結局は、現役の警官を対象とする調査は社内規定上、受けられないって断られたけど」 それでアーマンドがニーナと関係するようになったのなら、ニーナの話がマテバの耳にまで届いた可能性がないとはいえないだろう。 だが。 アーマンドは今ひとつ、得体の知れない男だ。一筋縄ではいかなそうな。 「そんなことをしてるうちに、あの人から……レオンから家に電話があったの。用事があってあなたの携帯に掛けたけど出てくれないからって……」 「明るい感じで、色々世間話をしてくれて。警察学校の訓練生時代の話なんかも。あなたが、当時からすごく女性に人気があったとか。そんな話を聴いているうちに……何となく、スタンリー。わたし、あなたが浮気してるんじゃないかって。あの人につい」 ニーナの目にうっすらと涙が浮かんだ。 「彼は……レオンは、最初は『あなたに限ってそんなことない』って笑い飛ばしてくれた。でも、わたしがあんまりにも悩んでいるからって、安心させてあげるって言って。どうしたらいいか教えてくれたの」 「『どうしたらいいか』?」 俺は口を挟んだ。 「『どういう事が自分で調べられるか』よ」 なるほど。 レオンの「手管」に、俺は素直に感心する。 「自宅の電話の着信記録とか、あなたが捨てたゴミに……何かのメモがないかとか。コンピュータも見てみたけど変なメールもなかった、携帯はロックが掛かってるから盗み見ることはできなかったし……そんな話をしたら、あの人が『車はどうか?』っていったの。レシートとか……そんな物が残ってるかもしれないって。でもやっぱり、何もなかった」 当然だ。そんな証拠を残すものか。 まったく、マクロードにも、随分と軽く見られたものだ。 「だからわたし、『やっぱり気のせいだった』って、レオンに電話したの。そしたら彼、カーナビゲーションをチェックしろって言って」 「カーナビゲーション?」 「ええ、少し難しいけど、かなり前のものまで、入力した場所を呼び出せる方法があるからって。やり方を教えてくれたの」 ニーナがめずらしくも、『俺の車』を洗車をしていた休日。 あの時のことが、一瞬にして蘇った。 「言われたようにしてチェックしてみたわ。あなたはカーナビゲーションをあんまり使ってないみたいだったし、ほとんどが仕事関係だって分かった。でも……ひとつだけ。明らかにおかしな場所があって。ダウンタウンの……ヨークの方。それでピンときた」 ああ―― 朝っぱらからジャックの家に押しかけた、あの日の。 「『カーナビゲーションのログ』か。そいつは俺の『ミス』だったな」 ……レオンのヤツ。 さすが。伊達に内調で鍛えてはいないな。 苦々しくこみ上げる唾液を飲み下しながら、俺はマクロードに脱帽した。 そんな風に、自嘲気味に短く笑う俺を無視して、ニーナは話を続ける。 「だからわたし、いても立ってもいられなくって、カレッジの帰りに『そこ』に行ってみた。でも、フラットだったから、部屋番号が分からないと……あなたの相手が誰かまではダメだった、確かめられなかった」 なんてこった?! ニーナが、ジャックのフラットにまで来ていたとは! 「結局、疑いだけが強まって、わたし、またレオンに電話したわ。彼、そこまで分かれば、あとは簡単だって。心配しないで待っていればいいって言った……でもわたし、もう……耐えられなくて…」 *
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