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「よりにもよってニーナに、カーナビゲーションのログまで攫われているとはな? しかしお前も、色々とよく思い付くものだ、レオン」 俺は、静かにレオンとの通話を続ける。 「内調は『ドブさらい』みたいな仕事でね。汚いことなら幾らでも思い付くさ」と。 マクロードの朗らかな声。 「で? トロントでの調査は、レオン・マクロード警部補自らがお出ましに?」 「ああ、そうだったそうだった。最近、一日だけトロントに行ったっけな。飲みに誘わなくて悪かったよ、スタンレイ」 マクロードが、その朗らかな声の陰に冷ややかさを覗かせ始めた。 「まあ、オレ自身が出向くまでもなかったがな。その住所でウチの警察官を検索してみたら、ヒットは一件だけだったから」 「未承認の個人データの検索はイリーガルだ」 からかい口調で、俺は皮肉を吐き捨てる。「それになぜ、『警官』だと決め付ける?」 「え? なぜかって? スタンレイ。そりゃあ、もしお前の相手が『警官(そう)』だったなら、話が二重に面白くなるじゃないか?」 そしてマクロードが、いやったらしい忍び笑いを洩らす。 「そうそう、それでな、スタンレイ。せっかくトロントまで行ったってことで、セントクレア・ウェストの辺りを、お前さんの写真を持って歩いてみたさ。でもまあ、たった一軒、店に寄っただけで『事足りた』が」 「店?」 「ああ、デリカテッセンさ。ワインなんかを置いてあったから、すぐにピンときてね。店の老人とその倅にお前の写真を見せたら、二人ともよく覚えていたよ。まったく、長身でハンサムなのも考えものじゃないか、スタンレイ」 「で、『その聞き込みの結果』が『セントクレアに住んでいる警官(マウンティー)』と、なんの関係が?」 「もちろん、『そのマウンティー』の写真も二人に見せたさ? この辺りに住んでる若者だって、口を揃えて言ってたな」 「当たり前だ。住んでるだろうさ、そういう記録なんだろう? レオン、話がよく見えないな」 「いやいや、バカみたいに簡単な話だ、スタンレイ? デリの二人が面白いこと言ってた。お前さんが選んだワインと同じ物を、しばらくして必ず、若い方のマウンティーが買っていくってさ。店の二人はお前さんたちが『知り合いだ』と思ってたぜ」 「なるほど? 同じ店で、同じような物を買う……そんな『偶然』もあるかもしれないな? だが、それがどうしたって?」 「あんな学生ばっかりの街で、趣味のいいワインをポンポン買っていく客が、そう何人もいるかよ? なあ、スタンレイ」 「ほう? お前にワインの『善し悪し』なんかが分かるとはな? レオン、ワインなんぞろくに飲んだことも無いクセに? お前なんか、せいぜい『モルソン・キック』がいいところだ」 「安ビールしか飲まない男ですまないな? なにせオレは、趣味が悪くてね」 「それで? 調査の成果はそれだけか? 俺がセントクレア・ウェストに何度か行ってワインを買ったと言う店員の証言? カーナビゲーションにその辺りの住所が入力されていた? そうだな、好みのワインが置いてあれば、どの店にでも買いに行くさ。セントクレア・ウェスト界隈に住んでいる『そのマウンティー』とやらが、俺に何の関係があるのか。結局、何も証明されてないな」 「まあいいから、聴けよ。スタンレイ」 レオン・マクロードは、再び、これ見よがしなほどの朗らかさを取り戻した。 「たしかにな、おっしゃる通りだ、サージェント・メイジャ? これじゃ『公判維持』はムリ。『有罪』には持ち込めない。だがな? 『限りなく黒に近いグレー』ではあるだろ? なあ、スタンレイ。『こんな色』の方が噂話としちゃぁ面白いんだぜ? なにせ、人間ってのは勘ぐるのが大好きなものなんだから」 レオン・マクロードの、この下世話な口調が。 俺は昔から、大嫌いだった。それこそ―― ヘドが出るほどに。 「なあ、スタンレイ。確かに『証拠』は無い。勿論、たとえお前とその『警官』とが恋愛関係にあったとしたって、別に重大な犯罪ってワケでもない。だがな? 表沙汰になったら『犯罪(それ)』以上にしんどいだろうな。ジャック=バティスト・ミシェル上級巡査は、若くて優秀な警官だ? 前途有望だよな?」 レオンが、調子づいて喋り続ける。 「しかし、お前さんがゲイだとは! すっかり騙されていた。美人の奥さん、泣いてたぜ? 可哀そうにな」 そしてマクロードが、不気味な忍び笑いを洩らし、 「なあ……オレのケツにも欲情したか?『スタンリー』」と囁いた。 バカバカしい。 たとえ金を積まれてもごめんこうむりたいとしか、言いようがない。  心の中でそう罵りながら、 「なるほど? お前がそんなにニーナと寝たかったとはな、レオン? 別に好きにすれば良い。俺は構わんが? ただあいつはとてつもない面食いだ。十年前ならいざ知らず、レオン、お前、禿げて体形も崩れているだろう? まず相手にはされないだろうが」 不気味でふてぶてしかったレオンの忍び笑いが、ヒステリックな様相を帯び始める。 続けて、俺はレオンに言った。 「なあ、レオン・マクロード? お前は、俺がお前の弱みを知りすぎているのが怖いのだろう? だったら分かっているはずだ。俺についての誹謗中傷を広めたところで、所詮は相討ちだ。こっちも『あの件』をバラすだけのこと。何よりも『お前のやったこと』は、明確な犯罪だからな」 レオンが、気色悪い笑い声をピタリと止める。 沈黙が続いた。 レオンが口を開く。 「スタンリー、スタンリー、スタンリー」と。 ニーナの口真似をしながら囁いて、ヤツは数回舌打ちした。 「『オレに罪がある』というのなら、隠して来たお前も同罪だ。違うか? な? せっかく順調に出世してるんじゃないか、サージェント・メイジャ。面倒事はゴメンだろ?」 返事の代わりに、俺はただ鼻で笑ってやる。 レオンは更に続けた。 「……まあ、もうすぐお前さんもオタワ(こっち)に来るだろ? その時、またゆっくり話そうぜ? これからも同期同士、ギヴ・アンド・テイクで。上手くやっていこうや、なあ、準警部殿」 レオンの声は、完全にいつもの朗々たるテナーに戻っていた。 俺はひと言、こう応じる。 「わざわざ断りを入れるまでもないが、俺はお前の犬になるつもりはない」 「OK、スタンレイ。まあ、いいさ、今日のところは。そうそう、オレも折角、お前の嫁さんと仲良くなれたからな。今度食事でもしようや、三人で。じゃあまた、オタワで」 そう、言いたいだけ言って、マクロードは先に電話を切った。
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