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24 携帯をポケットに入れようとして、ある事を思い付き、俺は着信履歴をスクロールさせる。 そして、その番号に行き当たると、一旦アドレスブックに登録してから、発信ボタンを押した。 きっかり、十コール待たされた。 だがスピーカーの向こうから聞こえる声は、相当に上機嫌だった。 「よう! ハンセン準警部。めずらしいこともあるもんだ、お前さんから電話を貰うとはな」 マテバ・デ・カルロの声は、俺の携帯のスピーカーを突き抜けて、水辺中に響き渡るような音量。 しかしヤツの声が途切れると、背後には、誰かの純銀のカトラリーが立てる微かな音でさえも聴き取れるほどの静寂が広がっているのが分かった。 「この間はどうも、チーフ・カルロ」 極力抑えた声で、俺は語りかける。 そして、それと反比例するように、マテバの声はさらに音量を増した。 「『主任刑事(チーフ)』とは! 懐かしい呼ばれ方だ」 「食事中で?」 「ああ。だが、ちょうど終えたところでね。バーで一服しようかと思っていた」 ウィークデイの昼間から、「バー」で「一服」とは。 おそらく、またVSOP(ブランデー)のグラスとコイーバだろう。 ついさっき、自分がダストボックスに投げ入れたテイクアウトのコーヒーカップを思い出して、俺は苦笑せずにはいられなかった。 「どうした、なにか難しい用件か? スタンレイ」 陽気な大声の裏には、まだ、かつてのベテラン警官時代の貫禄が漂っている。 どうやらマテバも、「美食と酒で耄碌しきった」というわけではなさそうだ。 「食事を終えたばかりのところに恐縮ですが……またいずれ、ご一緒できないかと思って」 「ほう? 構わんぜ。『旧友の誘い』はいつでも大歓迎だ。それにこの前、お前、メシは喰わなかったろう」 「そうでしたか?」 俺はマテバの問いを受け流し、話を続ける。 「よければ、あの『優秀な秘書』殿もご一緒にどうです? たしか……ミスタ・フェルナンドとか」 マテバが、少しの間沈黙した。 俺の発言について考えを巡らせていたからのか、テーブルを立ってバーへと移動していたからなのか。 それは判然としなかった。 やがて、 「『プライベート』では、秘書と行動を共にしない主義でね」と、マテバが勿体ぶって応じる。 「だが……お前が言うなら、いいさ。特別だ」 マテバが深く息を吐き出した。おそらく、コイーバの一服目だろう。 「それで、いつが良い? 次はお前さんの段取りに乗ろうじゃないか?」 マテバはごく朗らかな――おそらく五つ星ホテルのメインダイニング中から顰蹙をかっているに違いない大声で、俺に尋ねた。 マテバ・デ・カルロが、腹の奥底では「何を」考えているのか。 今のところ、俺にはまるで読めない。 アーマンドとニーナとの関係は「単なる情事」なのか。 マテバもなんらか、絡んでいるのか。 だがいずれにせよ、前回、マテバの話の端々に俺は感じ取っていたのだ。 レオン・マクロードへのこだわりを……さらに言うなら、一種の「悪意」のようなものを。 その「違和感」の正体を、もう少しはっきりと、見極めてみる必要がありはしないだろうか? 使いようによっては、レオンに対するさらなる「切り札」にならないとも限らない―― 歩きながらマテバとの通話を終え、俺は管区総本部の玄関をくぐる。 早足で地階のホールを横切り、階段を上がって三階のエレベータホールに着いた時。 職員や警官が、俺へと視線を寄こしていることに気づいた。 オフィスのドアから身体を乗り出すようにして、エイミーが廊下を見回している。
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