24

2/2

70人が本棚に入れています
本棚に追加
/47ページ
「サージェント・メイジャ」 エイミーが、普段では滅多に見せることのない早足で近づいてきた。 そして、俺の目の前まで来て立ち止まると、数回息をついて唾を飲み込み、やっとのことで声を発する。 「その……携帯がずっとお話中だったとかで、準警部のお部屋に、直接、電話があったんです」 そこでエイミーは、一度息を継いた。 「あまりにも……何度も何度もかかってくるので、『変だな』と思いましたの。それで、失礼して中に入って、電話を取らせていただいたんです」 ここまでをひと息に言って、エイミーは押し黙る。 「それで?」 焦れた俺が低く促すと、エイミーはうつむき、両手で顔を覆った。 「電話はトロント警察からで、奥様が……ミセス・ニーナ・ハンセンが、お亡くなりになったと」 午後の業務に戻った「ふり」をしていた周囲のスタッフ全員が、一瞬、ストップモーションのように各々の動きを止める。 「連絡してきたトロント警察の担当者は?」 自分のオフィスへと向いながら、続けてエイミーに尋ねる。 エイミーは、俺の後を小走りに追ってきて、横に並ぶとこう付け足した。 「あ、あの……。奥様は勤務なさっていたカレッジの校舎から転落なさったと」 俺は黙って頷く。 エイミーが、震える手で俺にメモ用紙を手渡した。 「その、なんて申し上げてよいか……」 「特に何も言う必要はない。手間を取らせた、エイミー」 静かに言い置き、俺はオフィスのドアを閉めた。 デスクの椅子に腰掛け、エイミーのよこしたメモを眺めやる。 乱れた文字で「トロント警察オーガスタ・ジョンソン部長刑事」と書かれ、その下に携帯とオフィスの番号があった。 左手でデスクの電話の受話器を取る。 顎と肩で受話器を挟み込んで、まずは、オーガスタ・ジョンソンのオフィスの番号をプッシュした。 呼び出し音が続く。 ニーナが死んだ―― 心はひどく平静だった。 さっきマクロードと話していた時の方が、今よりもずっと「感情的だった」とすら言えるほどに。 ニーナの両親はまだ健在だ。 事情を報告しなければなるまい。 面倒なことだな 我ながら薄情だとは思いながらも、正直それが、煩わしくて堪らなかった。 遺体は検視に回るから、葬儀は戻されてきた時に手配せねばなるまい。 さて……誰に知らせるべきなのか? ああ、そうだな。 「レオン・マクロード」には知らせるまでもないだろう。 どうせ、今、この瞬間にも、この事態をハイエナのように嗅ぎ付けているに違いないのだから。 しかし、校舎から「転落」とは。 エイミーも、随分と慎重な報告をしてくれたものだが。 事故か?  それとも―― 自殺だろうか。 ニーナが……。 あの身勝手で自己愛の塊のような女が、よりにもよって「自殺」など? 到底、想像もつかない。 「殺人」の線はどうだ? ニーナを、殺したいほどに「うっとおしい」と思っていたヤツは? 例えばカレッジで。 そうだな。 確かに、その気持ちは俺にも分からなくはない。 そんな皮肉が、いつものように頭に浮かぶ。 とはいえ、同僚なり何なりが、実際に手を下すとほどの問題が、大学であったとも考えにくい。 マテバの秘書のアーマンドはどうだろう。 あいつは「痴情のもつれ」で殺したくなるほどに、ニーナに思い入れを持ちそうな男か? おっと、定石を忘れていたな。 ニーナが死んで、一番得をするのは誰だ? そこで、俺はハタと思い至る。 なんだ? それは「俺」じゃないのか。  ジャックとの関係を知る女。 アーマンド経由でマテバに、俺の弱みを流す可能性がある女。 レオン・マクロードにまんまと利用され、俺を面倒に巻き込んだ女。 ニーナは―― 「俺に」とってこそ、一番「不都合な存在」ではないのか?  そう思いついて、俺はただ苦笑する。 「殺人班(ホミサイド・スクワット)、ジョンソン部長刑事の席です」 随分な数の呼び出し音の後、やっと通話が繋がった。 「先ほど、ジョンソン刑事から連絡を貰っていたハンセンだが」 「……ジョンソンは今、ちょっと席を外していて」 「ならば彼の携帯にかけ直そう、失礼」 そう言って俺は、指で電話機のフックを押そうとした。 「あ、ちょっと、待ってください。もしかして。さっき起きたカレッジの転落事件の……」 受話器からそう聞こえて、俺は指の動きを止める。 「ニーナ・ハンセンは、わたしの妻だが」 「ああ、やっぱり。俺はRCMPのペイジ巡査部長です。その、何と言ったらいいのか……ハンセン準警部」 「……なぜRCMPが市警(そんなところ)に? 巡査部長(サージェント)」 「いえね、ちょうど、別件でオーガスタに用事がありまして。立ち寄ったところに、この件が舞い込んできて」 「『機関間の協力』が『緊密』で何よりだな? だが、本人が出掛けたのに、そこで何している? 電話番を頼まれたわけでもあるまい」 「資料を見せてもらう約束だったので。持ち出せないから、ここで見ていたところです」 ペイジは俺の厭味など全く意に介していない様子で、そう応じる。 「ところで、殺人班(H・S)の部長刑事が、なぜ妻の件で、わざわざ出向く?」 「ええ……最初は、中央(セントラル・)管区(フィールド)の担当区の巡査が駆けつけたそうです。まあ、状況としては自殺の線が濃厚らしいんですが」 やはり、自殺なのか? あのニーナが?! 「ただ、奥さんが転落するところを目撃した人間がいないらしくて、それでオーガスタのヤツが呼ばれて」 「なるほど。詳細についての説明に感謝する。サージ……」 俺は「わざと」ヤツの名前を口ごもって見せた。 「『ペイジ』、『ラリー・ペイジ』です。ハンセン準警部」 屈託なく応じるペイジの声を聞き流し、俺はゆっくりと受話器を戻す。 そして、深い溜息を洩らした。                          (了) ささやかなオマケ?を、以下のtweetにて https://twitter.com/hej_mizuki/status/1764604390466523348 https://twitter.com/hej_mizuki/status/1764604393218048150 https://twitter.com/hej_mizuki/status/1764605390841659412
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

70人が本棚に入れています
本棚に追加