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4 ジャックからの連絡は、予想以上に早かった。 トロント市内(ダウンタウン)での邂逅から二日後の月曜日。 昼近くに、俺の携帯に見慣れぬ番号からのメッセージ(SMS)が着信した。 俺はオフィス自室で「O」(“オー”)管区(ディヴィション)内で実務訓練中の巡査見習(コンスタブル)達のデータチェックをしているところだった。 メッセージを開くと一文だけこうあった。 「結婚してたんだ? JBM」 ジャックからだ。 俺は返信した。「今の住所は?」 そして、携帯をデスクの上に置き、再び書類のチェックを続けた。数名の巡査見習については、指導担当警官から面談の開催依頼が来ている。 ジャックからの返信は、なかなか来なかった。俺は書類のチェックを半ばほど終え、時間を見た。 正午を回っていた。 俺は昼食へ出ることにし、コートハンガーから上着を取った。 今の俺のオフィスは、ロンドン市の(オンタリオ)管区総本部にある。 ここからトロント市内へは、車で二時間近くかかるため、仕事の内容によっては、ニューマーケットにあるトロント北局やなんかに、自宅から直接出向くことも多い。 だだっ広い「O」管区と「A」管区をも含む、セントラル地域(リージョン)全体が俺の担当だった。 おかげで配属以来、このオフィスにゆっくり座っていられるような暇は、あまりない。 表に出ると、週末より幾分か冷え込みが緩んでいて、日差しだけは二月とは思えぬ明るさだった。 俺は適当な店でワンプレートの昼食を済ませ、コーヒーをテイクアウトし、川沿いの緑地に向かう。 ポケットからリトルシガーのパックを取り出し、火を付けた。 そして、一番日当たりの良さそうな、ひと気のないベンチを選んで腰掛けた。 ジャックからの返信はまだ来ない。 コーヒーを飲み終え、一本目を吸い終わる頃には、さすがに身体が冷えてきた。 俺はオフィスへ戻ろうと立ち上がる。 その時、コートの下に鈍い振動を感じた。 手袋を外すのももどかしく、大急ぎで携帯を取り出す。着信番号も確認せず耳に押し当て、通話ボタンを押した。 「ハンセンだ」 電話は繋がっているようだ。だが、何の応答もなかった。 俺は再び、ゆっくりと言った。「ジャックだろう?」 「今、仕事中(オン・デューティー)でしたか?」 ジャックの答えが、やっと返ってきた。沈んだ声だ。 「オンだ。だが昼飯の帰りで、今は外にいる」 俺は携帯を持ち替え、再び手袋をはめた。 「外に? 寒くないですか?」 ジャックの声のトーンが急に戻った。 「ジャック、お前は? 非番か?」  ジャックの質問には構わず、俺は続けて尋ねた。 「僕はオフです。明日の夜まで……」 またしても、ジャックの声の調子が沈んできた。 「今はどこに住んでいる? ダウンタウンか?」 俺はオフィスへと歩き始めた。ジャックは再び押し黙った。 「聴こえてるのか? ジャック」 ジャックは相変わらず口を開かない。俺は思わず溜息をついた。 「僕がどこに住んでいようと、あなたに何か関係があるんですか?」 やっと口を開いたかと思うと、ジャックは拗ねるようにこう言った。 「関係? 大ありだ」 俺は軽く吹き出す。 ジャックはまた黙り込んだが、俺は気にせず続けた。 「いいさ、どうせ、お前の住所など調べれば、すぐに分かる」 「……調べてどうするんです?」 「シフトは、明日の夜からなんだろう?」 すると突然、ジャックは声を荒げた。 「さっきから、あなたときたら、僕の質問には何一つ答えないで。一方的に勝手なことを言ってばかりですね!」 「『質問』? 何だ、何が訊きたい」 俺はニーナの機嫌を取り繕うときに使うような声音で答えてやる。 「酷いな。人の話、ホントに何も聴いてない」 ジャックはますます沈んで言った。 「『結婚してたんだ?』って訊いたでしょう?」 「おととい会った時、言わなかったか? 『これが女房のニーナだ』って。そんなことが何だっていうんだ」 「『そんなこと』? 奥さんがいるのに、僕にこっそりモヴァの番号を渡すのって『そんなこと』なの?」 「だったら、なぜお前は俺に連絡してきた? ああ、ニーナとデートしたいなら、いちいち、俺に許可を取る必要はない。ご自由に」 何やら女の泣き言のようなことを言い出したジャックを無視して、俺は続ける。 「で、他には何が訊きたいんだ?」 一瞬息をのんだ後、ジャックは溜息をついた。 「本当に! 勝手な人だ」 その声は明るかった。 「次の質問は『外、寒くない?』だったでしょう?」 「寒いに決まっているだろう? 今は二月で、ここはバハマじゃない。何だってそんなつまらないことばかり尋ねる? 次は?」 ジャックは、すぐさま続ける。 「住所を教えたら、どうするつもり?」 「明日の日中は、家にいろ」 「え?」 「行くから。家にいろ」 俺は吹きさらしの中、これ以上の長話続ける気も、ジャックのつまらない質問に答え続ける気もなくなっていた。 「寒いんだ。早く、住所を言え」 ジャックは、ヨークの住所を読み上げるように言った。 「セントクレア・ウェスト駅の辺りか?」 俺が尋ねると、ジャックは「そう」とあっさり答える。 管区総本部(ヘッドクォーター)の門が見えてきた。 通話を切る前に、ふと思いつき、俺は付け足した。 「『セントクレア・ウェスト』なんて、随分と可愛いところに住んでるんだな? 学生ばかり住んで居そうだ」 「学生なんだよ、僕」 そんなジャックの答え。俺は意味を測りかねる。 「なんだって?」 ジャックは問いには答えず、「じゃあ」と一言だけ返すと、一方的に通話を切った。
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