サトウケイコは転生しました。

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サトウケイコは転生しました。

最近漫画やネットでよく見かけていた、転生という言葉。まさか自分の身にそれが起こるなんて非現実的なことは、妄想の中だけだと思っていた。  前世の私は、交通事故に巻き込まれて呆気なく死んだ。痛みを感じる間もなかったのは、不幸中の幸い。日本を代表するチョコレート製菓の工場勤務だった私は、二十七歳という中途半端な年齢だった。いや、享年にしては早過ぎるだろうが、施設育ちの私は果たして何人の心に悲しみを落としたのだろう。一人くらいは泣いてくれていたら良いな、というのはただの願望。  現実から強制リタイアさせられた私には、その後のことは分からない。未練がないのかと問われれば、その答えは「あるにはあったけど」という曖昧な回答しか出来ない。なぜなのかというと、それは私が転生した「世界」に関係していた。  サトウケイコ、享年二十七。日本一多いフルネームとしてランクインした名前を持ち、陰気キャラクターの権化のような風貌と、SNS上ですらぼっちというコミュニケーション能力の低さ。  大好きなチョコレートを製造する工場に入社出来た時点で、もう人生の幸福の頂点を掴み取っていた私には、家族も友達も恋人もいない。即ち、就職してから先のビジョンなどまるでなく、屋根のある家と温かい食事、そして一人暮らしに十分なお給料をいただいて毎日ありがたく生活していた。  唯一の趣味がいわゆる乙女ゲームというやつで、部屋でコレをしている時だけは饒舌になるという現象に名前を付けたいなと思っていた所で、ジ・エンド。とはいえそんなものは未練でもなんでもなく、ゲーム自体が出来なくなったという点が最大の無念。死ぬ直前までハマりにハマっていた「死は二人を分つこと勿れ、それは愛のシュプリーム」という乙女ゲーム。数あるゲーム中でも、かなり攻めた部類に入るのではと個人的に思っている。  名作と言われるものは、まずストーリーにオリジナリティがあり、かつヒロインがいじらしいという類似点がある。あくまで個人的な見解だけど、ともすればありとあらゆるイケメンに手を出す節操なしとも映りかねないし、そこに嫌悪感を感じると一気に購買意欲が下がる。  メインは男性キャラクターといえども、自身の分身はたまた目線によっては娘や親友のような愛着を感じるヒロインあってこそ、乙女ゲームは成り立つと私は信じている。いや、たとえば稀に本当にビッチの性悪がメインヒロインだったとしてもそれはそれで……。  と、脳内談義(一人)を繰り広げていたらキリがないので割愛するとして。本題は、私がハマったそのゲームについて。公式グッズが大量販売、有名メーカーとコラボ祭り、コスプレイヤー大歓喜の超王道人気路線……といった類のものではなかった。ただ、刺さる人には刺さる。隠された性癖を抉る感じの、アレがあった。  このゲームは、まずヒロインを選択できるシステムが採用されており、メインヒロインである「リリアンナ・ミネルバ」と、その恋敵ポジションである「アンドリッサ・コンドルセ」。大体のプレーヤーは初手にリリアンナを選択し、その場合アンドリッサはオートで物語が進む。彼女はいわゆる悪役令嬢で、自分より身分の低いリリアンナをとにかく苛める、という役どころ。  舞台も最近流行りのフワッとした近世風ヨーロッパで、異世界という便利な設定により多少「これ、昔からあった?」というものについても、目を瞑れるというシステム。  第一王子、第二王子、幼馴染、クラスメイト、義弟というなんともベタなラインナップから、推しを一人選択。か弱く見えて芯の強いリリアンナが、悪役令嬢に邪魔されながらも健気に愛を育んでいくというストーリー。アンドリッサを選んだ場合も大体似たような展開となり、今度はリリアンナが恋敵となる。第一王子の婚約者という立場の為、他キャラルートの場合はそれが恋のスパイスとなる。キラキラとした魔法や学園イベントをこなしながら、それぞれに違う魅力を放つイケメンが自分だけに愛を囁いてくれるのだから、それはもう夢中になるなという方がおかしい。  ヒロイン選択というシステムを除き、ストーリーだけを切り取ってみれば一見王道もいいところなのだけれど、この「死は二人を分つこと勿れ、それは愛のシュプリーム」というゲームの最大の特徴にして最強の魅力が、ほとんど全てのエンドが「死亡」という製作陣の精神状態が心配になるような終わり方なのだ。  スペシャルエンドでは二人で死、ノーマルエンドでもほとんどが何かしらの死、バッドエンドにいたっては悲惨な死。上手く纏めるのならば「ヤンデレ好きには堪らない一作だよ」ということである。  前世でこのゲームをひたすらにやり込みまくった私は、側から見ればかなり「痛い人」だったのだろう。それでも幸せだったし、自分の稼いだお金で好きなことを好きなようにしているのだから、放っておいてくれとしか思っていなかった。まぁそもそも、そういった苛めやからかいの対象にすらならない影の薄さだったから、問題はない。  現世で死んで、もう二度「死ニ愛」をプレイ出来ないのかと嘆いたけれど、転生を果たしたこの世界ですぐに気が付いた。私は今、コントローラーなど握らなくとも真のプレーヤーなのだと。即ち、転生先が大好きな「死ニ愛」の世界だったというミラクルが起こったのだ。
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