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一年目:役割の全うと義務の発生。
その後、無事に採取を終え魔術アカデミーに帰り着いた。集めた薬草達は薬草学の教師の元で適切な処置が施され、来週の授業で使うのだ。
「(あの材料なら安眠剤かなー)」
同じ材料で強力な睡眠薬や自白剤が作れるのだが、恐らくそんなものは作らないだろう。(ちなみにそれは一般人には作れない。彼女か高等な製薬能力を持つ者のみが作れるものである。)
魔術アカデミーに辿り着いたのは丁度昼頃だったので、薬術の魔女はまたいつものように薬草園で薬草弁当をもしゃもしゃと食べる。
「……んーあの匂い……」
先程(というにはやや時間の経過があるが)、恐らく魔術師の男が現れた瞬間に漂った香りについて思考を巡らせる。
「何かの薬品だったと思うんだけど」
なんだったかな。思い出せないしまあ良いか、と、すぐさま思考を放棄した。
薬術の魔女はあまり興味のない物事の深追いはしないタイプだ。
「んー、ごちそうさま!」
薬草と少しのレトルト食品しか詰まっていない昼食を完食し、どこに行こうか伸びをしながら思案する。このまま薬草園を見て回るか図書室で本を読むか以外ないのだけれど。
そういえば、ついこの間も学生会に勧誘しに来ていた会長の姿を見ていない気がする。きっと諦めてくれたのだろう。よかったよかった。
「……んで、きみは何の用事?」
と、振り返る。
「やはり、気付くもんだな」
ご存知焦茶色のウニ頭、その1だ。
「お前と話をしに来た」
「…………話?」別にわたしは話したいことも何もないんだけど。
「そうだ。さっき……薬草を採りに行った時に、お前視察の魔術師の男に何かされなかったか?」
「……何かって……そもそも、どの魔術師のこと?」
本当はなんとなく分かっていたが、確認の為にあえて聞き返す。
「以前、ここでお前に絡んでいた、ローブを着たやけに背の高い魔術師の事だ」
視察の魔術師は軍服かローブしか居ないし、ローブの魔術師達の中で背が高過ぎる人物など婚約者の魔術師の男以外に居ないので特定されてしまった。
「……今日は視察に来てなかったでしょ?」
と、少ししらばっくれてみる。なぜそこにいたのかはわからないが、隠れていた、あるいは姿を隠していたのならば居たことは認めない方が良いだろう、と判断しただけだ。
「…………そうだが。お前が姿を現す直前、確かにあの時、アイツの姿を俺は見た」
「……『姿』、ねぇ」
がっつり見られてんじゃん、と内心で突っ込みつつ、
「この魔術社会で一番に信用出来ないものは幻惑しやすい視力だってこと、知らない?」
と、訊いてみる。視力が信頼出来ないので、この国では初等部の内に体内の魔力の操り方や気配の探り方などを学習するようになっていた。
「……何?」
知っていなさそうだ。これなら誤魔化せるだろうか、との思考が過る。
「俺の目は『真実を見通す目』だ。魔法も幻も効くわけないだろ?」
しかし、その1は自信たっぷりに返した。
『真実を見通す目』とは、心眼のことを表す。
薬術の魔女自身、心眼、魔眼、邪眼といった特殊な目を持つ者が稀に現れると、聞いたことがあった。(物語の中だったけれど。)
「当然、嘘も判る。……何故、あの男を庇うんだ?」
しかし、別に思考が読めるわけではなさそうだと判断する。そうでなければ、魔術師の男が居たことなどすぐにばれていただろうから。
「きみには関係ないでしょ」
読めないのならば、真実を伏せることくらいは出来るかもしれない。わざわざ、契約……というか、相性結婚の話はしない方が良い気がしていた。今話すと、変にこじれて事態が悪化しそうな予感がした。
「同級生だ」
「だから何」
なぜ、自信満々に返せるのだろうか。
「あの魔術師がお前の所に居たことは分かりきっている。正直に話せ」
下手に存在を隠す方も面倒なことになりそうだ。薬術の魔女は眉間にしわを寄せた。
「…………他のやつに、アイツが居た事は言わない」
なんだかすごく嫌そうな顔をしながらも、その1は提案する。……それなら大丈夫なのだろうか?
その1はあまり嘘は言わない(というか言えない)気がしたので、正直に言うことにした。あと、仮にバレて魔術師の男になんらかの処置が下ったとしても自業自得だと思い至る。
「危ない所を助けてもらったぐらいしか」
「危ない所?」
「そうだよ。魔獣……精霊に襲われてたみたいで」
嘘は言ってない。というか、紛れもない事実だ。
「………………そうか」
「……」
なんで、そんなに考え込むような顔してるのだろう。貴族に脅されているとか考えていないだろうか。
「というかさ、きみ。結構前から思ってたんだけど、何様のつもりよ?」
「……『何様』か、だと?」
「その妙に偉そうな態度。斜に構えたとも言うけど」
「態度……? それがどうした」
高圧的な態度のまま、その1は首を傾げる。色々と、この国の常識をどこかに置いて行ってしまったのだろうか。
「……(わたしも結構な田舎、というか森の奥から来たけれど、この人相当なやつだぞ)」
頭がやばい系の人だったらどうしよう。と、内心で思いながら、一応存在する可能性を訊く。
「……もしかしてきみって貴族? あるいはなにかの神託でももらっちゃった系の人?」
貴族ならば偉そうな態度は納得せざるを得ない(釈然としないが)。神託をもらったのならば以下同文。
「俺は『転生者』だ。そして、『勇者』になるよう神から言われて」
「……」
一応、後者の部類だったらしい。貴族にしては所作に品は無かったのでそうだろうとはなんとなく思っていた。(違ったならば、それこそ完全に頭がおかしいやつだ。)
「(正直に『転生者』とか、『勇者』だとか言わないほうがいいのに)」
内心で薬術の魔女は呟く。
仮にそれが真実だとしても、普通はそんなことを言われても誰もが信じるわけもなく、頭のおかしい人としか扱われない。
かくいう薬術の魔女も、論文や過去の文献を偶然見るまではただの空想や御伽噺の部類かと思っただろう。
「あのね、きみが前居た場所がどことかきみが何なのかとか、はっきり言ってわたしにはどうでもいいんだよ」
「……なんだと」
「なんか偉そうな態度はさ、義務を果たしてからにしなよ? 正直いってうざい」
「な……」
市井民の中にはぶっきらぼうな話し方や少し偉そうな喋り方をする人は中には居るけれど、その1のように偉そうにして周囲を小馬鹿にした態度の人など滅多にいない。
「だ、だが、俺みたいなやつは他にも居るだろ?」
慌ててその1は言うが、
「それはきみがなぜか憎んでいるっぽい貴族だけだよ。その中でも割と少数な方」
と、薬術の魔女は答える。
「貴族はね、王様から土地もらってそこ統治する義務、その土地の領民を守る義務、長兄だったら従軍する義務、城勤なら国の結界守る義務とか色々な面倒臭い義務背負ってんの」
要は高貴さは義務を強制するということだ。
領地同士を結ぶ道の警備や警護も、軍部や領地の兵士が請け負ってくれているので賊に襲われたという話も聞かない。
「おまけに場合によっては生まれてすぐに教育施されて自由がない人も居るし」
早くて1歳ぐらいから教育が始まっている人も居るらしい。ちなみに薬術の魔女は、初等教育が始まるまで森の中で色々な動植物と自由に戯れていた。
「だから、貴族やその家族が割と偉そうにしていてもほとんど誰も文句は言わない。義務を果たしている限りは」
貴族が何をしているのかは、初等部の内から学校で習う。その『そうあるべき貴族』とやらを市民に逆に監視させる役割を持たせるためだ。
「でも、きみはまだ何もしてないでしょ」
じっとその1を見据えると、その1はたじろいで後退った。
「芝生を焦がして、アカデミー生を怖がらせる事が勇者様の『義務』? 違うでしょ」
「お、俺は……「あ、お昼休憩終わっちゃうじゃん。もー、無駄な時間過ごした!」
その1が何かを言おうとしたらしいが、薬術の魔女はそれを聞かずに予定の狂いを嘆き、そのまま図書室に移動していった。
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