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「よいと言うておるであろう?」
声を荒らげるでもなく、ややもすれば愉悦を含んだその声に何故か、背筋がピン、と伸びた。
「……かしこまりました」
女房が下がり、ひとまず助かったと、ほっと息をつく。
「さて、お前」
御簾の向こうから声をかけられ、反射的に姿勢が正される。
「我が屋敷になに用か」
その、清らかで透明な声は、男の背筋に冷たい汗を掻かせた。
「そ、その。
追われていまして、どこか隠れるところはないか、と」
「ああ。
ここは好都合であったであろうな」
「……」
ころころとおかしそうに笑う声に、答えることはできなかった。
土塀の一角は崩れ、草もぼうぼうの屋敷に、誰かが住んでいるなどと思いもしない。
「しばらく隠れて出ていけばいい。
……いや、我が家にとってはひさしぶりの客か。
これは、もてなさねば。
……誰ぞ、誰ぞ、酒を持て」
奥へ向かって女性が声をかける。
どうも、変なことになったぞと戸惑っていると、御簾の間から出た手が、男を手招いた。
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