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手酌で杯に酒を注ぎ、女は口へ運んだ。
「なんだ、水ではないか。
シケておるな」
はぁっ、と短く、女の口からため息が落ちた。
「我が家はこのように、落ちぶれておるであろう?」
「……」
それに、はい、そうですね、などと返事ができようはずがない。
先ほどから、いつ首が飛ぶかとビクビクしているのに。
なのに女はかまわずに話し続ける。
「昔はそれなりに栄えていたのだがな。
父上が政敵に蹴落とされてからは落ちぶれる一方。
その父上も亡くなり、これといった後ろ盾もない。
あとはもう、朽ちるに任せるままだ」
ははっ、と女は自嘲した。
「ただ朽ちて逝くもいいが、なんぞ面白い話はないか」
そこではた、と自分は彼女の暇つぶしに付き合わされているのだと気づいた。
適当な話をして解放されるなら、それにこしたことはない。
「そうでございますね……」
男は適当に、隣の夫婦喧嘩が酷く、投げたもので自分が被害に遭っている話や、ネズミを追いかけるのに夢中になりすぎた猫が水瓶に落ちた話などをした。
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