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「お嬢様、おめでとうございます」
「……ありがとう」
婚約の祝いを言う、執事を複雑な思いで見ていた。
貴族というのは名ばかりで、家には彼女と執事のふたりしかない。
生きるためには後ろ盾が必要で、金持ち貴族と結婚するしかないのはわかっている。
しかし彼女が思いを寄せているのは、――執事だった。
せめて相手が、でっぷり太ったいやらしい男とかならば彼も同情してくれたかもしれない。
けれど婚約したのは見目麗しく思いやりも深い、爽やかな男だった。
普通ならばそれのどこに不満が?
となるだろう。
相手の男に罪はない、ただ、彼女が思いを寄せているのが執事だった、というだけの話だ。
「貴方の世話になるのも、あと少しね」
「そうでございますね」
くいっ、と彼はそのかけている銀縁の眼鏡をあげた。
「あと少し、なのね……」
はぁーっ、と物憂げにため息をついたところで、彼の表情は微塵も変わらない。
それが彼女をさらに、落ち込ませた。
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