当日でした

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 無事に着替え終わり、男爵位を買った時についでに買った屋敷に帰宅して。商会から本日の結婚式に参列してくれていた幹部の人達が屋敷で使用人と共に待っていてくれたのを見た時、ようやく今日が終わった……と思えた。 「お嬢様、お疲れ様でした」  使用人が出迎えて言ってくれる。  私が捨て子だったことを知っていてもお嬢様と呼んでくれる。父と母と弟と妹と家族だと肯定してくれる。  この家族が、使用人が、商会の人達が、大好きだ。 「ただ、いま」  胸が詰まって言葉も詰まる。  どこの誰とも知れぬ子を嫡男と婚約させた、と言い掛かりを付けた子爵の言葉に、傷ついていたと使用人のお嬢様という呼びかけによって気付いた。 「お嬢様?」 「ごめんなさい。貴方が悪いとかではないのよ。結婚相手には駆け落ちされ、その父である子爵から捨て子を婚約者なんかにするから、と言われたことがちょっと堪えたみたい」  出迎えてくれた使用人……執事が心配そうに私を見て、無理やり笑顔を浮かべてみるけれど、自分でも頬を伝い落ちた涙に気付いてしまって失敗を悟る。  だから素直に胸の裡を語れば執事が眉間に皺を寄せた。 「お嬢様は、生まれが偶々違っただけで間違いなくブルクテン男爵夫妻の子ですよ」 「生まれが偶々違っただけ」  この執事は、父が平民の頃から父の右腕として商会で働いて来た人で、当然私を拾った時にも側に居たと言う。  そんでもって、捨て子の私を拾って育てると言った両親に猛反対して孤児院に入れることを勧めたと私に話していた。父が爵位を買って貴族の仲間入りを果たしてしまい、私も強制的に令嬢教育を受けることになってしまった頃に、私にそんな話をして、嫌なら捨て子に戻りなさい、と説教して来た人だ。  そんな彼からまさか生まれが違っただけ、なんて言葉が出てくるなんて思ってもみなくて。  涙はあっさりと引っ込んだ。 「なんですか、お嬢様」 「いやだって、レオからそんな言葉が出てくるなんて思っていなかったから」  私が目をパチパチさせて執事を見ていたことに彼は不機嫌そうな表情を見せるから、私は素直に思ったことを告げた。 「ちゃんと、貴族教育から逃げずに頑張ったんですからまぁ認めてあげられますよ」  私の素直な言葉に、執事・レオはフンとそっぽを向いてそんなことを言う。……どうやら私はこの素直ではない執事に、いつの間にかきちんと父と母の娘だと認めてもらえていたらしい。  別に婚約者が駆け落ちしたことは衝撃というより、何故今逃げた⁉︎ 程度にしか思っていなかったから、レオのこの言葉の方がよっぽども衝撃で。  そして今日結婚することを憂鬱だと思って、ずっとテンションが低かったけれど、単純な私は執事のこの言葉で、今日はいい日だな、なんて憂鬱さが吹き飛んで嬉しくなった。
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