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「ありがとう、レオ」
「そんなことはどうでもいいので早く着替えて下さい。学園を卒業したあなたには、明日から商会で働いてもらうんですよ、予定通り」
私が家族として認めてくれてありがとう、と素直に礼を述べているのに、素っ気ない執事。今までは両親の本当の子じゃないから素っ気ないのだってずっと思っていたけれど、さっきの言葉を聞けば、違うことが分かった。
……ずっと、二つつ下のハンネとの扱いの差を感じていたから。
ハンネは両親の本当の子。私は違うから仕方ない。そう思っていたけど認めてくれた。それでもこうして素っ気ない発言をする所を見ると、素直になれていないだけ。
それが分かってしまえば素っ気ない発言も許せるくらいには、私もレオのことを知っているのだと思う。
素直じゃない執事は、明日から予定通り商会で働く、と言ってくれた。
あの子爵家との縁談が入るまで、卒業したら父が経営する商会で働きたいって言っていたことを父も執事も覚えていてくれたのだ、と知って嬉しくなる。
多分、普通の貴族令嬢だったら、今日の一件は気絶するくらいの衝撃だろうし、寝込んで立ち直れないかもしれないけど。
元々捨て子。
しかも平民歴が長い私。
おまけにあのクイロに何の思い入れも無い。
ということで。
気絶する程の衝撃も無いし寝込んで立ち直れない程の衝撃も無いから、当初の予定通り父の商会で働くことになりそう。
今日は取り敢えずゆっくり休め、ということだと判断した私は、執事と私のやり取りを見守っていてくれた家族を振り返り、父の頷きを見て頷き返して。
「着替えてきます。ハンネ、美味しいお茶を飲もう」
学園に通う前の私のように、元気にハンネに声をかけられた。
ーー自分でも気付かない程、窮屈さを感じて縮こまっていたみたい。
「ミルヒ、あんなことがあったのに元気だね」
「だって、解放されたって気持ちしかないもの」
何気ない一言。
私の本当の気持ちがそこに表れていることに、父と母が気付いたことに、私は気付かなくて。
だからこの後、家族みんなでお茶を飲んでいたら、父から婚約について頭を下げて謝られることになることも気づかなかった。
ーー今の私は望まない結婚をしなくてよくなったことによる解放感でいっぱいだったから。
自室で楽な服に着替えて鏡を見る。
朝よりもよっぽども血色のいい顔色になっている自分を見て、気持ちの違いがこんな所にも出るのね、と呑気に思う。
それから家族が揃っているだろう食堂に足取り軽やかに向かう。
婚約者に駆け落ちされてこんなにも気分良くなる人って私くらいかも、なんてことまで考えてクスクス笑った私は、食堂に足を踏み入れるなり、落ち込む両親と対面して目を丸くした。
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