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「あなたは……そう考えるのね」
私の言葉がどれだけ相手の心に届いたのか、それは分からない。
「はい。それでもご婦人と共に行くことを選ぶとするのなら。それは私が幸せになるためではなく、両親のやらかしたことの尻拭いのため、だと思います。公爵家が信用を落としていたとするのなら、不利益を被っているのなら、そのために私は行きましょう」
実の父と母が恋愛したことは構わない。愛されていたことも知った。でも方法は間違っていた。その時の二人は切羽詰まっていて他に方法が無かったのかもしれないし、考えられなかったのかもしれない。或いは、母が悲劇のヒロインよろしく父と結ばれないのなら駆け落ちしてしまえば良いと安易に考えたのかもしれない。
今となっては分からない。
でも二人が今も生きていたとして、のほほんと駆け落ち成功とばかりに幸せに暮らしていたとしたら。
それをこの目の前のご婦人は喜んだかもしれないけど、決して喜んでいればいいだけでは済まないと思う。
きっと実の両親は駆け落ちした代償を払わなくてはならなかったはず。
それを誰にどのように払うのか、それは分からないけど。
だから、死んでいて良かったと思う。
愛してくれた実の両親。その愛情を受けた私は、二人が苦しむ姿を見たくない、と思うかもしれない。
苦しむ姿を見なくて済んだ。そう思えばもう二人が亡くなっていてよかったと心から思う。そのために私が二人の代償を払うことになると言うのなら、払う。
でもそれは。
私の幸せでは決して無い。
「……いいえ。代償は払わなくて大丈夫よ」
暫くの沈黙の後、ご婦人が静かに告げる。
「そうですか」
「ええ。あなたは私と共に行くことは幸せになるための道だとは思わないのね?」
「何が幸せか。それは人それぞれでしょう。綺麗なドレスにアクセサリーで身を飾り立てることが幸せな人。美味しい食事を食べるためにあちこち赴くのが幸せな人。自分の世界を広げるために旅行するのが幸せな人。愛する家族と過ごすのが幸せな人。仕事に邁進するのが幸せな人。家族に友人に恋人に仕事を手にするのが幸せな人。お金があれば幸せな人。外見が良い相手と結婚することが幸せな人。……色々な幸せがあるでしょうが、私は育ててくれた家族の元で恩を返すことが幸せです」
「……そう。そう、なのね」
私の幸せの価値観はそこにある。
実の両親のことは知れた。
おそらく育ての父は亡くなった両親の親戚を待っていたのだろう。その親戚と共に暮らすことが私の幸せになるかもしれない、と思ったのかもしれないし、駆け落ちした二人の様子を知りたい親戚が現れたら状況を教えることも自分の役目だと思っていたのかもしれない。
今の育ての父の安堵した表情を見れば、そんな考えも浮かぶ。
そんな父と母と妹と弟に恩返しが出来ることが、私の幸せ。
そのために私はあの子爵家との縁談も受け入れた。恩返しになる、そう思って。
結果は全く伴わなかったけれど。
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