望まないから得る幸せ

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「それで、最後の私の身の安全を確認して来たのは誰ですか」 「ああ、それがその一件だけは当主ではなく子息のサインだったな」 「子息」  全く心当たりがなくて首を捻る。 「うむ。アズエル・モレーンというサインだ。モレーン家は確か伯爵家だろう?」  その名前に私は目を見開く。 「何を言ってるんですか、お父さん! アズエル・モレーン様は教師ですよ! 確かに子息は子息ですが、学園の教師です!」  まさか、学園時代、唯一人、私が虐められていた場面に出会して高位貴族の子息相手でも怯まずに注意をして下さった先生から手紙をもらうとは思ってもみなかった。 「教師?」 「モレーン伯爵家はお父さんも知っている通り、優秀な文官や家庭教師を輩出している一族ですよ。アズエル・モレーン先生は、貴族も平民も関係なく学びの門戸は誰にも開かれる、というモレーン伯爵家の規律によって学問の前では誰しもが平等だ、と私が学園で虐められている場面に遭遇した時に高位貴族の子息を注意して下さった唯一人の先生です」 「なんだ、そうなのか! そんな恩人が居たとは知らずに手紙の返信を出さないところだった」  そういえば、アズエル・モレーン先生の話はしたことがなかったですね。抑々学園の話は極力しなかったですからね……。 「お父さんの返信と一緒に私の手紙も出して欲しいです。あの先生が庇ってくれた事だけが唯一の学園時代の良き思い出ですから」  逆を言えばそれ以外は良い思い出が一つも無いって話だけども。 「そうか……。ミルヒが世話になったのならきちんと返信を出さねば、な」  父もそれ以外に良い思い出がない事に気づいたのか、悲しげに笑う。……心配をかけたくなくて話さなかったんですけどね。 「その一回きりだったのか?」  庇ってくれた話の事でしょう。 「一年だけの予定で入学してからおよそ四ヶ月が経つ頃でしたか。とある高位貴族の子息から足を引っ掛けられて転ばされ、その拍子にばら撒くことになってしまったノートを踏まれたところをモレーン先生が気付いて注意をして下さったのです。直ぐにその子息は一応口先だけ謝って居なくなりました。モレーン先生が私に同じことがまたあれば話して欲しい、と言ってくれたのですが」  私はその日のことを思い出しながら話します。言葉を一旦切ってからグッと息を吐き出して続けます。 「翌日、その子息を含めた何人もの高位貴族の子息や令嬢方からモレーン先生には謹慎処分が与えられた、と聞かされました」 「謹慎処分?」 「モレーン先生は、ご実家は伯爵家ですが三男ですから成人したと同時に平民に身分が移りました。学園の教師は貴族の子を預かるという性質上、後ろ盾となる家が無いと教師にはなれません。だからモレーン先生はモレーンの家名を名乗っていますが平民です。要するに平民が高位貴族の子息に逆らったことになります」 「それでは教師という立場が意味を成さないだろう」 「でも、実状はそんなものです。学園長は高位貴族の家からの寄付金が無いと学園を運営出来ないために高位貴族の子息や令嬢方の機嫌を損ねることは好みません。とはいえ、モレーン伯爵家の名前に傷を付けることも出来ません。ですから、モレーン先生には表向き学園長直々の仕事を依頼して、その仕事に専念させるため三十日間は学園に出勤しなくて良い、としました。でも実質は謹慎処分です。モレーン伯爵家はあまりにも有名ですから、その家名に傷を付けることは学園側も高位貴族側も拙いと判断したのでしょう。その間に、私に今後モレーン先生に近づけば、今度はモレーン先生が生徒を贔屓している……などと不名誉な噂を立てるなどと言われまして。さすがに私も唯一人庇って下さった先生にそのような不名誉な噂を立てさせたくなかったので、先生は頼りませんでした」  私は父に淡々と結末を話す。  父は悔しそうな表情を浮かべました。  父も高位貴族の横暴ぶりに煮え湯を飲まされたことがあるからでしょう。
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