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「モレーン先生も、三十日の事実上の謹慎処分で何か思うところがあったのか、明けた後には私に声をかけて来ませんでした。ただ」
「ただ?」
「モレーン先生は卒業式の日に私にそっと約束してくれたのです。学園長が交代することを教えてくれて、その後に次は、私のような生徒が居たら肩身の狭い思いはさせないように、手を回す、と」
その言葉通りになるのか、私は知らない。
ハンネが通う時には、モレーン先生の仰った通りになっているだろう、と正直なところ希望は持ってない。
でも。
私の身の安全を確認する手紙を出してくれたことは、素直に嬉しいと思う。私のことをきちんと覚えていてくれた、という事だから。
多分、謹慎処分明けに声をかけて来なかったのは、ご自分の立場或いは私が更なる虐めに遭わないように考えられたのだと思う。
「そうか。本当にそうなっているのか分からないが、そのように言うだけの根拠があったのかもしれないな」
父は学園内だから、と情報を仕入れないのは間違いかもしれないな……と呟く。
確かに情報は商人にとって命にも等しい。どんな情報がどのように役立つか分からないから、仕入れておくに越したことはないのかもしれない。
「モレーン先生に手紙を書きます。お父さんと一緒に出してください」
父に告げて食堂を後にする。自室でお気に入りの淡いカモミールの香りがするポプリと一緒に置かれていた便箋を取り出して、モレーン先生へ手紙を認める。
思えば、学園時代の知り合いに手紙を書くなどこれが初めてのこと。
まぁ相手は先生だけれど。
平民として過ごしていた間の友人達にも偶に手紙は書くけれど、貴族的な遠回しの言い方などしない、率直な内容を書いてきていたから、先生とはいえ貴族の方に手紙を出すに辺り、貴族的な遠回しな表現を使うべきか迷う。
尤も貴族としての人生はまだまだ足りない私にあまり装飾的な表現が出来るわけではない。
そんなことを考えた結果。
「よし、率直に書くことにしましょう」
目上の方に対する貴族的な遠回し表現だってよく分からないのだから、素直に認める方が自分も相手も気持ち良いだろう、と判断して。
生粋の貴族であるモレーン先生は、遠回し表現ではない手紙に目を丸くするかもしれないし、不愉快だと怒るかもしれない。それは書いてみないと分からないので考えないでおく。
「書き出しは……」
なんて書こうか。
モレーン先生、ご心配をおかけしました、とか? お久しぶりです。ご心配をおかけしました、の方が良いかな。
学園時代、先生に庇われたことが唯一の良かったことだったとか、父の商会で雇われて頑張っているだとか、父の商品を気に入ってくれた隣国の前公爵夫人とは少し会話をしただけだから、何も心配することはないとか。
思ったことをつらつらと書き連ねると、いつの間にか便箋が二枚目を超えて三枚目に。
そんなに書くことがあっただろうか、と首を捻ったが、そんなに沢山は書いてない。
「ふむ……」
読み返してみても誤字など無いし、最後にご心配をありがとうございました、と書いて終わらせた。
が。
三枚目まで到達していることにやっぱり首を捻ってしまう。
そして便箋全体を眺めていて気がついた。
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