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「いやいや、なんて心の広い令嬢だ」
「本当に。子爵家の失態でありながら相手を責めるでもなく自分に非があったかもしれない、と口に出来る令嬢が他にいるだろうか」
「うちの子ども達にも聞かせてやりたいものだ」
……などなど、私が頭を下げたことに気を良くしている参列者の人達が多くて安心する。
子爵には強気で詰め寄っていた父も参列者の方々にきちんと頭を下げていたのも多分心象が良かったのだろう。
大げさな褒め言葉だけど概ね我が家に好意的な雰囲気で参列者の方に帰ってもらえたのは安心した。
ついでに言えば、父が新興貴族であるから、と舐められないように参列者の方々に商会の代名詞とも言える石鹸をお試し品として通常よりいくらか小さなサイズだが無料で配ったことも効果がある、かもしれない。
あと、新商品として白ワインもお試し品として無料で配っている。
この白ワインは赤ワインで有名な領地を所有する伯爵家の隣の領地にある男爵領の新作の白ワインで、伯爵領よりやや味は劣るものの甘めのものらしい。
ワインと言えば伯爵領。
それは理解しているが赤と白ではまた風味が違うから、伯爵領だけでなく男爵領の白ワインも何とか知名度を上げたい、と父に相談があったらしい。
父は新興貴族、と見下す貴族の方が多いが、元々父の商人としての実力を知っている当主の何人かが父にこうして相談することもある。
今回は無理やり捩じ込まれた婚約よりも先に相談を受けていた父が、この婚約に対する鬱憤を晴らすかのように、白ワインを作っている男爵に一括で買い上げるから、と少しだけ販売価格を下げてもらい、有言実行で一括で買い上げた白ワインを参列者達に無料で配った。
タダより高い物は無い。
という言葉があるのに人って何故タダでもらえる物に価値を見出すのだろうか。
商人としてそれなりに有名な父が新作の白ワインをお試し品として無料で参列者に配った。
これだけで、その白ワインが父のお眼鏡に適った代物としてかなり値打ちのあるワインなのだろう、と参列者の方々が勝手に誤解する。
そうするとそれだけで美味しく思えるらしくて、飲んでもみないうちから参列者の皆さまは男爵領の白ワインを買うことを父に宣言して帰って行った。
……成る程、飲んでもないのに新作の白ワインを買うことを約束させてしまう。これが父の商人としての腕前なのか。
目の当たりにして、改めて私を拾って育ててくれた父を尊敬した。
招待客である下位貴族の皆さまが父に対しては機嫌良く、子爵に対しては不愉快そうな表情を浮かべつつ帰って行ったのを見送って、私達家族だけになった。神父も既に居ない。
「ミルヒ、お疲れ様」
「ありがとう、ハンネ」
顔を見合わせて父が気まずそうな顔をしていて母はまだ泣いていて、トリルが泣く母をどこか痛いのかと心配しながら慰めている中、母より一足早く泣き止んだハンネが私に声をかけてくる。
泣いて目が赤いハンネに苦笑しつつ応えればハンネは皆の顔を見るようにして「帰ろうか」 と促した。
やっぱり私の妹はこういう気遣いが出来る優しくて賢い子。頬を緩ませた私に気づいた父は眉間の皺を若干無くし、母はようやく泣き止んで、トリルを抱き上げた。
私は借りたドレスをさっさと脱いで着替えたいのでハンネとトリルを抱っこする母に手伝いを頼んで教会の控え室に足を向けた。
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