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犬のおまわりさん
平和町の保健所で集団検診を受けているとインフォメーションが流れた。
「大野様。大野正直様」
辺りの様子を伺うが、誰も返事をしない。
「ンうゥ……」かすかに唸ってしまった。
おそらくボクの名前を読み間違えたのだろう。
「あのォ、もしかして犬野じゃありませんか。大野じゃなくって」
ボクは躊躇いがちに手を挙げて聞き返した。
「え、ああァ本当ですね。犬野さんでしたか。申しわけありません。点がついていましたイヌ野様ですね」
受け付け嬢は困惑気味に笑みを浮かべた。
「ハイ、ボクが犬野です」
時間がなく警官の制服のまま検診に来たので、周りの人たちは驚いていた。
「ママ、あの人、犬のおまわりさんだよ」
小さな女の子がボクを指差して笑った。
「ダメでしょ。メイちゃん。人のことを指差しちゃ」
若い母親が娘を注意したが、彼女も笑いをこらえるのに懸命だ。
「フッフフ」
待合室にいたみんなが笑みを浮かべていた。
「……」ボクはうつむいて診察室へ入った。
まったく恥ずかしい。
ボクの名前は『犬野正直』。
妙ちくりんな苗字なので子供の頃からよく大野正直と読み間違えられた。
人呼んで『犬のおまわりさん』だ。
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