笑い化粧の男

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 人々が噂話をしていたので聞き込みは簡単にできた。死んだ男は万両五兵衛といい、一人で商いを切り盛りしていた。商売繁盛を意味する万両、という姓もあり人柄が良いので評判だったようだ。いつも笑顔を絶やさなかったという。 ――常に笑っていた男が逆さまに笑った顔の死に化粧か。絶対に何かある。  考え事をしながら家の前を通り過ぎようとした時、その場にあまり似つかわしくない一人の女子(おなご)が目に入った。年は十五歳前後、年頃の娘というにはあまりにも厳かなその雰囲気に、気になって声をかけていた。 「万両殿のご親族かな?」  その声に少女はゆっくりと振り返る。まるで人形のように無表情で、向き合って少し緊張してしまうほどだ。ただ者ではないのは少女を取り巻く雰囲気が物語っている。 「いえ。私は化粧人(けわいにん)です」 「化粧人。確か亡くなった方に化粧を施すという?」 「はい」  噂で聞いたことがある。故人に美しい死に化粧を施す仕事人だったか。 「こちらのお方、何でも奇妙な化粧をして亡くなっていたとか。こちらの近隣の方が、何か不吉なことではないかと心配し私を訪ねてきました」 「いかにも。何か気になることでも?」 「その話をする前に。あなたは?」 「これは失礼した」  もちろん本当のことを言うわけにはいかない。申し訳ないが当たり障りないことを言うしかない。自分がお世話になっている人が、万両のあまりに酷い死に様に心を痛めていること。何かわかることがあれば調べてみようと思ったのだ、と説明した。一応嘘は言っていない。 「私から言える事は一つ。興味本位で近づくのはおやめください。此度の事、化粧人である私がおさめなければいけないことです」 「おさめる、とは? 万両殿は死してなお苦しんでいると?」  そこまで言うと少女が少し考え込むような仕草をして、まっすぐ見つめてくるとこう言った。 「あなたは面白半分で調べているわけではなさそうですね。お世話になっている方を心の底からご心配なさっているか。それともそうしなければいけない理由があるのか」  ドキリとする。 ――この少女、どうやら相当人を見る目があるようだ。 「あなたの目はとても真剣でした。それでいて亡くなった方に敬意を表しているように見えましたので」
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