笑い化粧の男

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 その亡骸が見つかったのは、肌寒い秋の終わりのこと。いつもなら店の前で掃き掃除をしている男の姿がないからと、隣に住む女は心配して店の戸を叩いた。中から返事はなく戸は開いている。寝坊でもしたのか、具合でも悪いのだろうかと心配して中に入ったところ、男が首をつっていた。しかもそれだけではなく、男の顔には奇妙な化粧が施されていたのだ。  首を吊り、舌はだらりと口からはみ出て失禁している。首は確かに血が止まって青黒くなっていると言うのに。  その顔はまるで何かお面をかぶっているかのように、祭りの最中だとでも言うように。白塗りに子供の落書きのようなおかしな化粧だったのだ。 「確かに奇妙な化粧でございました。正面から見るとよくわからない落書きのようでしたが。上下逆さまに見ると笑っている顔です」  奉行の子飼いである咫種は、野次馬に紛れて見てきたものを奉行に報告をする。つい先日町を巻き込む大捕物ものがあったばかりで、奉行所は今人手が出払っている。ひとまず咫種が様子を見てきたのだ。 「逆さまに描かれた笑い顔か」 「はい。自らその化粧をして命を断ったのか、殺されてその化粧をされたのかは分かりませんが」  まだ死んだ男の人柄など詳しい事は調べていない。自ら命を断ったのならなぜそのような化粧をしたのか。奉行所ではそこまで詳しくは調べない、明らかに殺されたと思われる証拠がなければこれといって動く理由がないからだ。おそらく自害だろうということで話がまとまりつつある。 「自ら命を断ったのなら話はこれで終わりなのだが。勘のようなものなのだ。何か奇怪なことが起きる前兆なのではないかと」 「それは俺も思います。此度の件俺に任せていただけますか」  奉行所は今捕物の件で忙しい。優先すべきはおかしな死姿の男ではなく、裁きの方だ。奉行が小さくうなずいたのを確認してから咫種はその場を後にした。  おかしなことが起きた時は、糸がこんがらがっているようなものだ。単純に見えて様々なものが複雑に絡み合い、本来あるべき姿を隠してしまっている。それは奉行のもとで働いてきて数多く見てきた。今回のことも絶対にこれで終わりではない。何かを見逃しているはずだと確信を持っている。
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