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最寄りの駅というのもあり、私は毎週金曜日に彼の歌を聞きに行った。
客寄せということもあるのかもしれないが、流行りの曲から昔の曲までリクエストがあれば彼は何でも弾いてくれた。その為、彼の所に足を止める人も多かった。
リクエストした人は、たいてい一曲聞くとお金を入れて帰っていく中、私は最後まで聞いていることがおおかった。
そして、彼は、どの曲も上手に歌いこなすけど、やっぱり私はたまに弾いてくれるあの時に聞いた彼のオリジナルが好きだった。
「こんばんは」
「お帰り。お仕事お疲れ様」
「今日は、人通り少ないですね」
「あいにくの雨だからね」
珍しく、彼の元に足を止める人がいなかった。
「じゃあ、今日は私のリクエストたくさん聞いてくださいね」
私がお願いすると、彼は少し考えるような仕草をみせた。そして、急に片付けを始めた。
私が驚いて、きょとんとしていると、
「よかったら、今からごはんでも行かない?毎週、聞きに来てくれてるし。俺、おごるから」
彼からまさかのお誘いがきた。びっくりしたが、もちろん笑顔でOKした。
私達は、小さな居酒屋へときた
「何でも食べたいもの頼んでいいからね」
「はい、ありがとうございます」
「でも、飲み過ぎ注意ね」
彼のからかうような言葉に、少し恥ずかしそうに私は答えた。
「分かってます」
飲み物が揃うと、乾杯前に今さらながら自己紹介となった。
「俺は、篠原尚哉。よろしくね」
「私は、佐藤梓です。よろしくお願いします」
それから、私達はお酒を飲みながらたくさん話した。
尚哉さんは、私より3才上でフリーターをしながら夢を諦めきれずいろんなオーディションを受けたり、自分で曲を作ったりしているらしい。そして、週に一度あそこで歌っているそうだ。
「本当は、スパッと諦めて、ちゃんとした仕事につかなきゃとは思うんだけどね」
「私は、尚哉さんの歌声好きですよ。オリジナルの曲も大好きですし」
「ありがとう。梓ちゃん、優しいね」
そういうと、尚哉さんは笑った。
「尚哉さんの歌声を初めて聞いた時、仕事でいろいろあってかなり荒れてたんです。でも、あの曲聞いてたら、なんかすごい心が落ち着いてきて」
「それで、あそこで爆睡しちゃったのか」
尚哉さんは、からかうように私に言ってきた。
「それは、言わないでください。とにかく、尚哉さんの歌声は誰かを癒すんです。だから、やめるなんて悲しいこと言わないでください」
「ありがとう。もうちょい頑張ってみるよ」
「はい」
その日を境に私達は、金曜日以外にも会っては、一緒にごはんを食べるようになった。
私達の関係は、友達というより兄と妹のような感じだった。会うたびに体調の確認をされ、仕事でまた嫌な思いをしてはいないかと必ず聞かれた。
(私よりバイト掛け持ちしている尚哉さんの方が、心配だよ)
毎回、そんなふうに私は思っていたが、実際には何も言えず、ただ微笑むだけだった。
最初の出会いが酔って寝ていた所を起こされたのだからこんな関係になるのはしょうがないかもしれない。でも、私の中では尚哉さんは友達ではなく、もちろん兄に対するような感情ではないものが芽生えていた。
食事の帰り道、私達は並んで歩いていた。
「梓ちゃんは、毎週歌聞きに来てくれるけど、彼氏とか好きな人とかいないの?」
「彼氏はいないけど、好きな人はいます」
「え?どんな人?」
尚哉さんは、驚いたように聞いてきた。
「優しい人です。でも、多分この恋は実らないと思います」
「何で?梓ちゃんかわいいし、大丈夫だよ」
「その人にとって、私は妹みたいなものだから」
「そんなふうに、言う前から諦めちゃ駄目だよ」
(なんでそんなに応援してくるの。もう叶わないって言われているようなもんじゃん)
私は、だんだん泣きたくなってきた。
それなのに、尚哉さんは、
「泣かないで、きっと大丈夫だから」
そう言っては、必死に私を励ましてきた。そんな中、私は、キッと尚哉さんを睨んだ。
「私が好きなのは、尚哉さんです」
私がそういうと、尚哉さんは驚いて固まっていた。
「もう、帰ります」
何も言わない尚哉さんを置いて私は家へと帰った。
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