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次の金曜日、私は尚哉さんの所には行かなかった。尚哉さんからは何度も着信があったが、私は、出なかった。
なぜなら面と向かって振られるのも怖かったし、どんな顔して会えばいいか正直分からなかったからだ。
しかし、あのやけくそな告白から2週間たったある日、尚哉さんは、突然私の前に現れた。
改札を出ると、私は尚哉さんに肩を捕まれた。
「梓ちゃん。ちょっといいかな」
私達は、駅近くの公園のベンチにいた。
「はい、これ」
尚哉さんに飲み物を渡された。
「ありがとうございます」
私は、目を合わせられず下を向いた。
「どうして、連絡出てくれないの?」
「どんな顔して、会えば分からなくて」
「俺、まだ返事してないよ」
「分かってます」
私は、先の言葉を想像して泣きそうになった。
「また、泣きそうになってるでしょ。顔あげて」
私は、涙を堪えて顔をあげた。
「ほら、やっぱり泣きそうになってる」
そういうと、尚哉さんは、私の頭を撫でた。
「聞いてくれる?」
「はい」
「実はずっと梓ちゃんの事、好きだったんだ。でも俺は、ちゃんとした仕事ついてる訳じゃないし、いつまでも夢追いかけてる中途半端なやつだからさ。梓ちゃんの側にいるのは、俺じゃない別のやつがいいって自分に言い聞かせてて」
「そんな…」
「でも、実際に梓ちゃんが好きな人がいるって言われたら、焦って。でも、ちゃんと応援することで諦めなきゃ駄目だって思ってさ。だけど、きみが好きなのは俺だって言ってくれて、すごい驚いたけど嬉しかったんだ」
「はい」
「でも、あれから電話も出てくれないし、歌も聞きにきてくれないし。だから、こうやって会いにきました。あの時の答えちゃんと聞いてくれる?」
「うん」
「中途半端で駄目なやつだけど、梓ちゃんのそばにこれからもいさせてください」
「はい」
私は、さっきとは違う涙を流していた。
「結局泣くのか~」
そういうと、尚哉さんは、私をぎゅっと抱き締めた。
「これからは、敬語厳禁だからね」
「うん」
「梓?」
「なあに?」
「初めて会った時から、ずっと梓の事好きだよ」
「私も大好き」
私は、本当に幸せだった。
最初の頃は、互いのアパートを行き来していたが、やがて私達は同棲するようになった。
「おはよう」
そんな何気ない一言を、1日の始めに尚哉と会話できるだけで私は、幸せだった。
平日の昼間の仕事の私とバイトを掛け持ちする尚哉とでは、一緒に過ごせる時間は、他の恋人たちに比べれば少ないのかもしれない。
でも、いやだからこそ一緒に過ごせる時間が幸せだった。
尚哉は、誕生日にオシャレなレストランに連れていけないし、高価なプレゼントを用意出来なくて申し訳ないって言ってたけど、私は、全くそうは思わなかった。
サプライズで彼が作ってくれた料理は、本当に美味しかったし、恥ずかしそうにくれた小さな花束も本当に嬉しかった。
旅行なんて行かなくても、彼と近くの公園にお弁当を持って出掛けたり、秋には銀杏並木を歩いたり、そんな何気ない毎日が私にとって大切な思い出になった。
そんな生活の中で私が一度好きな時間は、彼の背中にもたれながら、彼のギターと歌声を聞くことだった。
「梓は、俺がギター弾き出すと背中にいつも、もたれてくるよな」
「だって、大好きなんだもん。嫌?」
「嫌じゃないけど」
「私、尚哉の歌声も尚哉の弾くギターの音も大好きだよ。これからも、私にたくさん聞かせてね」
「もちろん。梓が嫌って言うまでずっと聞かせるよ」
「じゃあ、一生尚哉の歌声こうやって聞けるね。私、ずっと聞いていられるもん」
私は、今日も彼の背中にもたれながら歌声を聞いてる。
こんな幸せが、私は、ずっと続くと信じていた。
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