ドッグイヤー

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冬の澄んだ夜空…… 一際輝く一番星……それはシリウス。 シリウスは英語で"dog star"と言う。 今は満月のすぐ斜め左下に位置し、月の輝きとはまた違った鋭さで、惜しみのない光を放っている。 「今年の一年は今までになく早く感じたな……。ドッグスターならぬドッグイヤーか……フッ」 ウイスキーのグラスを傾けながら、自宅のベランダで独りごちて失笑。室内の窓ごしに見えたシリウス付きの満月に格別さを感じて、寒さも厭わずベランダに出て黄昏れたくなったのだ。 今年ももう年末で、ひとつの年がまた終わろうとしていた。それでもシリウスは「そんなの関係ねえ」とばかりに、今から何年か前に放った光をここまで届けている。そのことを思うと、時の流れが早かろうが遅かろうが、そんなことは別にどうでもいいような心境にもなる。 さすがに身体が冷えてきたので、室内に戻ろうとベランダのドアを開ける。するとソロが「ワンワン!」と尻尾をフリフリしながら俺を出迎えてくれる。今年の初めに満を持して飼い始めた柴犬だ。 日々の散歩など、仕事以外はソロと四六時中一緒だった。まさに"ドッグイヤー初年の年"とも言えるかもしれない。 俺は来春、いよいよ定年を迎える。まるで忠犬ハチ公のように忠実に会社に勤めてはや四十年。子供たちは巣立ち、妻には先立たれてしまった。孤独を振り払い、負け犬にはならぬよう必死にしがみついて働き続けてきた。 でもこれからはソロと過ごす穏やかな老後が待っている。 『スローライフなドッグイヤ―』 相矛盾するこの表現がぴったりな余生……ソロがこの孤独を癒してくれるに違いない。 そしていつか、時を超えて光輝くシリウスのような星になる日まで、俺は犬死になどしない。 ”ワン”ダフルライフを謳歌するのだ。
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