第二十一話:花畑の資産家の邸宅へ

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「現金は、お父様にお返しして。多少、私も貯金をしているから。羽織だけいただきます」 ひゐろは、封筒だけを民子に返した。 すると民子は、ひゐろの肩を抱き、 「いいのよ。持っていきなさい。一人で生きていくには、何かと入り用だから。それにね。封筒を持って帰ったら、私がお父さんから叱られるわ」 そう言って、民子は風呂敷包みに封筒を差し込んだ。 「先日、孟さんの荷物一式を、ご実家にお送りしたわ」 「……そう」 ひゐろは、それ以上何も答えなかった。 「ともかく、ひゐろが元気そうで良かった。住まいが決まったら一度、帰っていらっしゃい。お父さんも、お兄ちゃんたちも心配しているわ」 「落ち着いたら、そうするわ。お母様、いつもありがとう」 二人は市電に乗り、ひゐろは京橋で降りた。 民子は市電の曇った車窓を手で拭いて、ひゐろの後ろ姿をじっと見つめていた。 京橋の旅館は相変わらず、忙しない様子だった。 ひゐろが仲居部屋に入ると、中にいた仲居たちはいっせいに静かになった。そして、相変わらず誰もひゐろに話しかけてはこない状況だった。
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