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「現金は、お父様にお返しして。多少、私も貯金をしているから。羽織だけいただきます」
ひゐろは、封筒だけを民子に返した。
すると民子は、ひゐろの肩を抱き、
「いいのよ。持っていきなさい。一人で生きていくには、何かと入り用だから。それにね。封筒を持って帰ったら、私がお父さんから叱られるわ」
そう言って、民子は風呂敷包みに封筒を差し込んだ。
「先日、孟さんの荷物一式を、ご実家にお送りしたわ」
「……そう」
ひゐろは、それ以上何も答えなかった。
「ともかく、ひゐろが元気そうで良かった。住まいが決まったら一度、帰っていらっしゃい。お父さんも、お兄ちゃんたちも心配しているわ」
「落ち着いたら、そうするわ。お母様、いつもありがとう」
二人は市電に乗り、ひゐろは京橋で降りた。
民子は市電の曇った車窓を手で拭いて、ひゐろの後ろ姿をじっと見つめていた。
京橋の旅館は相変わらず、忙しない様子だった。
ひゐろが仲居部屋に入ると、中にいた仲居たちはいっせいに静かになった。そして、相変わらず誰もひゐろに話しかけてはこない状況だった。
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