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ひゐろは奥の格子窓へ駆け寄り、縁側欄干から身を乗り出した。ランプ灯の光で、夜景が照らされている。
「運河が見えるわ」
「ここは二階ですし、端の部屋なので、見栄えはあまり良くないかもしれませんが」
仲居は、景色を眺めてそう言った。
「じゅうぶんです。夜景がきれいだし、水の音が素敵ですから」
「私どもの旅館から見える運河の風景を楽しみにしている、外国人のお客様も少なくありません」
仲居は座布団を敷きながら、お茶を淹れはじめた。
「そうでしょうね。この夜景に惹かれます!」
「寒いでしょうから、格子窓は閉めておきますね。それでは後ほど、お食事をお持ちします」
仲居は座って襖を閉め、ひゐろの部屋を後にした。
ひゐろは旅館での食事を平らげ、風呂に入った。
その後、斎藤からもらった室井犀星の本を広げ、床についた。
翌朝、ひゐろは旅館の階下に降りた。
朝食の準備で、複数の中居が忙しなく動いている。ひゐろを見つけた帳場にいる男が、声をかける。
「朝食を終えてからで結構です。大変恐縮ですが、昨日のお約束通り十時までに、仲居部屋に移動していただけますか」
「もちろんです。移動しておきますね」
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