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第十九話:霙まじりの日に
“オートガールの仕事のない日に、是が非でも貸家を見つけなくては”とひゐろは思っていた。
幸い実家暮らしだったため、預貯金は少しだけある。それがひゐろの僅かな救いだった。
早速、早朝から東京市内を訪ね歩くことにした。
ひゐろは胸にしまった資産家一覧を、しらみ潰しにまわろうと考えた。
この頃、東京市の自宅の九割が貸家であった。地主や資産家が、貸家を持っていることが多く、より大資産を持っている人のほうが複数の貸家を持っている可能性が高い。そうひゐろは、踏んだのだ。
最初にひゐろが訪ねたのは、下谷區であった。まずは、松井久右衛門という資産家の貸家をあたることにした。下谷區の上野広小路に着くと、古い長屋集落があった。
「ごめんください。こちらのご自宅は、松井久右衛門さんの貸家でしょうか」
「うちは違うよ。あの通りを隔てた斜向いが、そうじゃないかな」
ひゐろは斜向いの家へ行き、松井久右衛門さんの貸家であるか否かをたずねた。
「こちらは、松井久右衛門さんの貸家ですか」
「あぁそうだが」
「松井久右衛門さんの貸家は、どのようにしたら貸していただけるのでしょうか」
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