第十九話:霙まじりの日に

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「はい。空いている貸家があれば、ご紹介いただきたいのです」 「あいにく、ほとんど空きがない。浅草の凌雲閣(りょううんかく)の目の前に、一軒あるのみだ。そこで良ければ、不動産業の者に取り次ぐが」 「凌雲閣(りょううんかく)の目の前……」 ひゐろは絶句した。 別名・浅草十二階と呼ばれる凌雲閣(りょううんかく)は、明治二十三年に竣工(しゅんこう)された。当時の最も高い建造物として人気を博し、ここでは展示会や美人品評会なども行われていた。 しかし明治の終わり頃から、凌雲閣(りょううんかく)凋落(ちょうらく)ぶりが顕著(けんちょ)になる。木造の十二階部分の傷みや(さび)が増え、いつしかここから身をなげる人もいるほどた。さらに、凌雲閣(りょううんかく)のふもとは無許可で営業する私娼窟(ししょうくつ)に成り下がっていた。 “凌雲閣(りょううんかく)は確かに明治の頃は人気だったでしょうけれど、今は……” 「ちょっと考えてみます。ありがとうございます」 そう言い残し、ひゐろは屋敷を去った。 その後、もう一軒の下谷區(したやく)の資産家を訪ねたものの、 「誰かのご紹介はないのかね?一見さんには、お貸ししない方針なのでね」 とひゐろは言われてしまう。
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