114人が本棚に入れています
本棚に追加
「はい。空いている貸家があれば、ご紹介いただきたいのです」
「あいにく、ほとんど空きがない。浅草の凌雲閣の目の前に、一軒あるのみだ。そこで良ければ、不動産業の者に取り次ぐが」
「凌雲閣の目の前……」
ひゐろは絶句した。
別名・浅草十二階と呼ばれる凌雲閣は、明治二十三年に竣工された。当時の最も高い建造物として人気を博し、ここでは展示会や美人品評会なども行われていた。
しかし明治の終わり頃から、凌雲閣の凋落ぶりが顕著になる。木造の十二階部分の傷みや錆が増え、いつしかここから身をなげる人もいるほどた。さらに、凌雲閣のふもとは無許可で営業する私娼窟に成り下がっていた。
“凌雲閣は確かに明治の頃は人気だったでしょうけれど、今は……”
「ちょっと考えてみます。ありがとうございます」
そう言い残し、ひゐろは屋敷を去った。
その後、もう一軒の下谷區の資産家を訪ねたものの、
「誰かのご紹介はないのかね?一見さんには、お貸ししない方針なのでね」
とひゐろは言われてしまう。
最初のコメントを投稿しよう!