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気がつくと陽はすっかり落ちてしまい、薄暗くなっていた。
“一週間で貸家を借りることはできるのだろうか”とひゐろは不安になりながら、京橋の旅館へ戻ることにした。
帰りは、霙混じりの天気となった。
「雪が降ると事故や車がいたむのを恐れて、客は来ない。休んで良いよ」と口入れ屋の事務員が言っていた。
“休みになれば、また貸家を探しに行けるのに”とひゐろは思った。
京橋の橋のたもとには、たくさんの露店が並んでいた。中でも人気なのは、すいとんの露店であった。凍てつく寒さに、すいとんは温まる。地主も書生も、女中も立坊も、すいとんの露店に並ぶ。それがひゐろには、微笑ましく映った。
温かいすいとんを食し、ひゐろは旅館の仲居部屋に向かった。
廊下から仲居たちの声が漏れていた。引き戸を開けると、十人を越える仲居たちの視線がひゐろに注がれた。
「……今頃、帰って来たの?あなた何様なの?」
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