第二十話:ガス灯が灯る、時計台の前で

1/7
前へ
/189ページ
次へ

第二十話:ガス灯が灯る、時計台の前で

「……ちょっとやめなさいよ」 小夜が、仲居の一人を制した。 仲居部屋には小さな火鉢があり、仲居の数人はそれを囲むように座っている。 「こちらの女性は、仲居じゃないわ。たまたまこの部屋にいるけれど、お客様なのよ。失礼があってはいけないわ」 「……お客様?なぜここに?」 ひゐろはいまだに、仲居たちに話が通じていないのだなと感じた。 「旅館の主人のお知り合いのようなの。ただ年末だから、お部屋が取れなくて。それで、急遽(きゅうきょ)ここにお越しになっているだけなのよ」 小夜の一言に、仲居は皆沈黙した。 「帳簿を拝見いたしました。確か、ひゐろさんとおっしゃいましたね。食事は、お召し上がりになりましたか?」 「ええ、先ほど」 「そうでしたか。それでは、お茶はいかがでしょうか」 「ありがたいですね。遠慮なくいただきます」 小夜は、火鉢からやかんを下ろした。そして急須にお湯を注ぎ、湯呑みに入れたお茶をひゐろに差し出した。 ひゐろはお茶を飲みながら、仲居部屋を見回した。 古びた布団が人数分、隙間なく敷かれていた。 布団の周囲には、着物の端切れでつくったや、の手絡などが落ちている。
/189ページ

最初のコメントを投稿しよう!

114人が本棚に入れています
本棚に追加