第二十話:ガス灯が灯る、時計台の前で

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「立場というものは、変化するものです。かつて仲居として働いていた同僚が八百屋に嫁いだのですが、私がその八百屋に買い物に行けば同僚ではなく客になるでしょう。世の中は往々にしてそういうものですから、今ある立場で物事を考えてはならないのです。もっともひゐろさんは仲居部屋にいるだけで、同僚ではなくお客様ですし」 ひゐろはくすりと笑い、 「……私も接客業をしているので、小夜さんのおっしゃりたいことはよくわかります。社会は立場で繋がっているけれど、いつ状況が変わるやもしれません。どんな方に対しても横柄な態度にならぬよう、私も気をつけなくては」 「本日も、お出かけでしょうか。もしよろしければ、旅館にある深沓(ふかぐつ)をお貸しいたします」 「……それは、助かります!」 その後、ひゐろは八時頃に旅館で朝食を食べ、九時に借りた深沓(ふかぐつ)を履いて旅館を出た。 京橋では雪で立ち往生する車があり、立坊(たちんぼう)が後ろから車を押していた。 「エンジンがかからない。とても竹川町の停車場までは、無理ですよ」 という声がした。 その様子を見てひゐろは、“オートガールの仕事は、しばらく休みになるかもしれないな”と思った。
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