第二十話:ガス灯が灯る、時計台の前で

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ひゐろは今日も、下谷區(したやく)をあたることにした。 向かったのは資産家一覧に掲載されている、実業家・岩田喜八郎の邸宅である。 邸宅は下谷區(したやく)池之端にあり、英国人設計の瀟洒(しょうしゃ)な建物。岩田喜八郎の祖父が明治の頃に建てており、邸宅は広く知られていた。もちろんひゐろも、彼の邸宅を知っていた。 難点は、本郷區(ほんごうく)にあるひゐろの実家に近いこと。これから一人暮らしをはじめたいひゐろにとってはできるだけ、実家から遠い物件でなくてはと考えていた。 それでも岩田喜八郎であれば、本郷區(ほんごうく)下谷區(したやく)以外にも貸家を持っているのではないかとひゐろは期待した。 ただ今日は雪が積もっていることもあり、京橋から乗った市電は遅延気味であった。また深沓(ふかぐつ)を履いているといえども、着物姿のひゐろは歩くのも難儀(なんぎ)で、岩田喜八郎の邸宅に着いた時には、正午前だった。 「ごめんください!どなたかいらっしゃいますか?」 ひゐろは門扉の前から何度か声を上げてみるものの、雪が降っていたということもあり、誰も出てこない。十五分ほど待っていたものの、あまりの寒さに引き上げることにした。 ーーーさて、これからどうするか。
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