第二十話:ガス灯が灯る、時計台の前で

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久しぶりに珠緒といっしょに食事でもしたいと思ったひゐろは、日本橋の松下屋百貨店へ行くことにした。 日本橋は市電が走っている程度で大八車(だいはちぐるま)や車もなく、人もまばらだった。松下屋百貨店も、いつもの賑わいもなかった。 珠緒の働く下足番は地下にあるといえども劇場や寄席同様、清潔で華やかな雰囲気だった。 “やはり百貨店は素敵だな”と、ひゐろは思った。 大柄な男から下駄を受け取り、頭を上げた珠緒がひゐろの存在に気づいた。そして、珠緒は目くばせをした。大柄な男が去っていくと、珠緒がひゐろに声をかけた。 「……ひゐろ!しばらくぶりじゃない!」 「ごめんね。心配をかけて。ところで仕事が終わった後、空いている?」 「いいわよ。久しぶりに、甘味処でも行きましょう。今日はお客様が少ないので、早く上がれそうなの。十五時でいい?」 「もちろん!」 「それじゃ、十五時に百貨店前の甘味処で待っていて」 ひゐろは松下屋百貨店の近くの定食屋で食事をすませ、甘味処で珠緒を待つことにした。 十分もしないうちに、珠緒がやってきた。寒いせいか鼻先が赤い。 「百貨店で働いている珠緒を、初めて見たわ」
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