第二十話:ガス灯が灯る、時計台の前で

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「そうかもね。毎日、人の履物を預かり、返すだけの単調な毎日よ」 珠緒はそう言うと、お茶を飲んだ。 しばらくすると、あんみつが二つ運ばれてきた。 「きっと、百貨店にはいろんな方々がお越しになるんでしょうね。資産家も役人も、女学生も」 「下足番の先輩が話していたわ。景気が良い頃は、下駄の鼻緒をきれいに拭いたただけで、百圓(ひゃくえん)もらえたことがあったって」 「……百圓(ひゃくえん)!土を拭いただけで!」 ひゐろは驚いて、むせてしまう。 「大丈夫? 今じゃ、考えられないでしょう? ……話は変わるけれど、先日ひゐろのお母様が日舞の教室へお越しになって、『大変恐縮ですが、こちらをやめさせていただきます。不束(ふつつか)な娘で、申し訳ありません』とおっしゃっていたわ」 ――ーお母様が私の代わりに、そんなことを。ひゐろは驚いた。 「……実は私、本郷の家を出たの」 「えっ!どうして?何があったの?」 「ううん。ただ家にいると、下宿に孟さんがいないという現実を、まざまざと突きつけられているような気持ちになるの」 「……そうか。それは、そうよね」 珠緒は再び、お茶を飲んだ。
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