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第二十一話:花畑の資産家の邸宅へ
「……ひゐろ」
そこに立っていたのは、民子だった。
「お母様!なぜここに?」
ひゐろは、驚いた。
「孟さんから聞いていたのよ。『いつも夕方になると銀座の時計台の前で、待ち合わせしている』って。いつかきっと、ひゐろがここに来るだろうと思っていたのよ」
「……まさか、毎日ここに来ていたの?」
「ええ」
時計台の前を、一台の蒸気ポンプが走り抜けていった。
煉瓦の建物は雪に濡れ、いっそう赤みを増している。
「今日は、まだ雪が残っているわ。お母様、寒かったでしょう?」
「さっきここに来たばかりだから、大丈夫よ。……ところで、ひゐろ。住まいは決まったの?」
「……いいえ。今は、京橋の旅館にいるわ。それより、お父様、怒っていらっしゃるでしょう?」
民子は、笑みを浮かべた。
「当初は、『ひゐろは勘当だ!』と言っていたわ。でもね。それは心配の裏返しなのよ。お父さんからこれを、預かったくらいだから」
民子は利休色の風呂敷包みを、ひゐろに渡した。
広げてみると封筒が入っており、中には二十圓札が入っていた。
その下には、真新しい薄紅色の銘仙の羽織もある。
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