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CHAPTERおでん
「いらっしゃいませぇ―」
相も変わらず120点越えの営業スマイル。
「…ども」
ほほが緩んでしまうのは、
外の寒さから解放される店内のあたたかさのせい。
決してその笑顔のせいではない。
かごをもって友達とコンビニを一周してレジに帰る。
「おでん始めました、いかがですかぁ」
少しだけあがる湯気と、テンション爆上がる冬の風物詩のにおい。
「おぉ、いいね。大根と牛すじ買おっと♪」
友だちは小さなパックにおでんを詰める。
「…」
「おすすめは玉子とはんぺんです」
笑顔の圧が強すぎる。
確実に何かしらのビームを出しそうなその視線にほほが熱くなる。
でも心の中でため息つく。
はいはいわかった。
買って帰るよ。
私は友達からトングを受け取って大きな器を手に取る。
大根・玉子・はんぺん・つくね串。
「食欲旺盛だね」
「まぁね…」
友だちの問いかけにそう答える。
「ありがとうございましたぁ」
コンビニの前で友達と別れる。
また引き戻された外気の寒さ。
傍らのコンビニ袋から漂う匂いが鼻孔と空腹中枢をかすめる。
ピコン♪
スマホの通知音。
《早く帰るかるからね》
いやバイト中だろ?
何やってんだか…。
そう思う脳みそと暖かくなる心。
からだの中の矛盾は理性より欲望のほうが強い。
ちょっとだけ足取りが弾んでしまう。
寒い季節はダメだ。
彼のぬくもりがどうしたって欲しくなってしまう。
「ただいまぁ」
もうすでに当たり前と化したこの挨拶。
「おかえり」
こたつに入ってテレビを見ながら答える。
「やっぱ部屋あったけぇ」
彼はすぐにコンロの横に置かれたおでんの容器を電子レンジで温める。
「お待たせ」
特に待ってもいなかったけど、こたつにおでんと缶ビールが並べられる。
「私はいいよ」
そう言ってテレビに視線を移す。
「ダメ、半分こっこ」
こっこて…。
割り箸で割られるおでんたち。
「はい、あーん」
やはり条件反射で口を開けてしまう。
私の咀嚼を優しく見守る。
あんたは親鳥か…。
「おいし?」
そんな優しい問いかけにこくりとうなづく。
「だよね、やっぱ冬はおでんがいいよね」
そう言って自分ももう半分を口に入れる。
ハフハフしながら喉に流し込まれるおでん。
一通り食べて満足げな彼。
ふと私を見る。
「でもやっぱり…」
そう言いながら突然私に覆いかぶさる。
「ちょ、ちょっと…」
「いやだ」
強引に抱きしめて押し倒される。
行動とは裏腹に優しく唇を重ねる。
「こうしたほうがあったかい…」
彼の体からほんのりおでんのだしの香りが漂う。
まだすこしだけ冷たい彼の指先が、
私の背中の温度にゆっくり溶けてなじんでくる。
「あったかい」
「私はつめたい…」
彼はおかしいそうにふふっと笑う。
お互いの体温が中和されると、彼はそっと私から離れた。
急になくなる気配とおでんの残り香に後ろ髪を引かれる。
もう少しこうしていたいのに…。
彼の後をついて漂うコンビニの冬のにおいを目でたどる。
「またあとでね」
振り向いてそう呟いた彼に、
もの欲しそうな顔をした自分に気付いてしまう。
ほほが熱いのはきっと、
部屋の暖かさのせい…ってことにしてほしい。
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